金田一少年の事件簿 二次創作
<絶対バレンタイン>

それはバレンタインデーを3日後に控えた2月11日のことだった。
その日は建国記念日でお休み。しかし学業の成績が非常に悪い金田一はじめは、補習に参加させられていた。もちろんサボり常習犯の彼が自ら進んで登校するはずはない。文字通り首に縄をくくりつけて引きずられてきたのである。その縄の持ち手は七瀬美雪。彼女もまた、はじめの巻き添えで休日をふいにしてしまったのであった。

補習も一段落した休憩時間の教室。補習を受ける生徒はチラホラ程度で、席も自由。はじめと美雪は隣同士の席についていた。
美雪は成績優秀で学年トップなので補習は必要ない。はじめを登校させたあとは、1人で下校して好きに過ごす選択肢もあった。しかし彼女は、自分が目を離せば彼が姿をくらませるだろうと、たやすく予想がついたので、とことん付き合うことにしたのだった。

「まったくもう、冗談じゃないわよ。せっかくのお休みなのに」
「そりゃそうだ。うら若き女子高生がねえ……他にすることないのかしら。いた、イタタタタ、痛いです。美雪さん、耳引っ張らないで」
「だ・れ・の・せ・い・で! こうなっていると思っているの!?」

美雪は、はじめの耳をつまんでいた指を解いて、大げさに腕組みをして頬を膨らませた。
今日は天気もいい。絶好の行楽日和だ。遊園地に行ってもいいし、面白そうな映画も公開されたばかり。行きたいところを数え上げればきりがない。しかし美雪はお出かけするよりも、はじめの補習に付き合うことを選んだ。
その理由は二つ。はじめが補習から逃亡しないように見張ること。そして彼と一緒に休日を過ごしたかったからである。
一緒に過ごしたかった人、つまり美雪のすぐ隣にいる金田一はじめとは、つかず離れずの関係。物理的な距離は近いのに、気持ち的な距離は測り知れない。とんでもなく遠いような気がすることもある。重なっているくらいに近いように思えることもある。
彼はIQ180の天才でありながら落ちこぼれで、抜群の推理力を持ちながら女心には、とてつもない鈍感力を発揮する。つかみどころのない少年だ。
小学生から高校生になるまでの12年間離れていたが、物心つく頃からの付き合いで幼なじみ。美雪はずっと彼だけを想い続けてきたというのに、のれんに腕押し、糠に釘の状態は今も続いている。
少し勇気を出して近づこうとしても、この少年はするりとかわしてしまう。それが意図してのことか、無意識なのかは美雪にもわからない。
どうせ彼は美雪が補習に付き合っている本当の理由にも気づかずに、ただのお目付役だと思っているのだろう。美雪がつい恨みがましい目で彼を見てしまうのも仕方のないこと。
はじめは美雪の視線に気づいた様子もなく、大あくびを一つしてから、だらしない笑みを浮かべた。教室に掲げてあるカレンダーに目を向け口をとがらせて歌い始めた。

「あ〜と、い〜くつ寝ると〜、チョコレート〜」
「なにそれ」
「なにそれって、あーた、あと3日寝るとバレンタインデーじゃないですかあ」

聞いている方が膝から崩れ落ちそうなマヌケな声だ。
なんで、こんな人が好きなんだろう、と美雪はたまに思う。しかし美雪の胸がキュンとしてしまうのも、彼がこういうだらしない表情を見せるときだったりする。

「はじめちゃん、バレンタインデーがなんの日だか知っているの?」

はじめがあまりに機嫌良さそうにしているものだから、失礼ながら念のために確認してみた。はじめは学校内で女生徒にモテるような立ち位置ではないはず。そのくせ、大人気アイドルからは熱烈に慕われていたりして油断がならない。

「知ってますよぉ。女の子が男の子にチョコレートをプレゼントする日でしょ? ジョーシキ、ジョーシキ」
「なによ、はじめちゃん、アテでもあるの?」

はじめは目を丸くして美雪を見返した。

「まず美雪は確実だろ」
「ちょっと待ってよ、どうしてわたしがはじめちゃんにチョコをあげるって決まっているのよ」

つい売り言葉に買い言葉。しかし内心は甘い期待が膨らんでいた。
数ヶ月前、もしかしたら告白だったんじゃないかと思う出来事があった。そのとき、はじめは「1回しか言わないからな」と前置きしてから、美雪に告げた。

「俺はおまえが」

残念なことに、出来すぎた偶然で雑音が入り、美雪はその先を聞くことができなかった。居合わせた剣持はしっかり聞いていたようで、何度か教えてくれようとしたが、はじめのジャマが入り結局わからなかった。剣持も「わたしから伝えようか」や「みなさん、発表します」とからかっただけで、本気で言う気はなかったようだ。あとから美雪が何度か尋ねても適当にはぐらかされてしまった。
こんなに隠すということは、ただの悪口とは思えない。

(もし、もしもよ、仮定の話ね、彼女とか彼氏とか、付き合おうとか、そういう話になったら……)

美雪は深呼吸をして気持ちを静め、はじめの答えを待った。

「だって、ほら、俺と美雪は幼なじみだろ」

すっとぼけたはじめの声に、美雪の甘くてほのかな期待は砕け散った。待っていた答えはそんなんじゃない。
期待していた分、落胆も腹立たしさも大きくなった。

「あ、あげない! はじめちゃんに絶対チョコなんかあげないから」
「うそ!? 俺以外にあげるヤツいるのかよ」
「いるわよ。たーっくさんいるんだから」
「どうせ剣持のおっさんと、佐木と、真壁くらいだろ」

図星である。美雪はこの3人に正真正銘の義理チョコを用意していた。
そして、はじめには本命のチョコレートを。それなのに口から出るのは想いとは正反対の言葉ばかり。

(好きなのに、どうして素直になれないのかな。自分でもわからない。はじめちゃん、教えてくれないかな。名探偵の孫でしょう? 事件のときには、いつも人の気持ちに真剣に向かい合ってくれているじゃない)

美雪が思ったとき、はじめが席から立ち上がった。
「わかった!」
「え!? なに!?」
「あの、ほら、剣持のおっさんの部下の〜、名前、なんだっけ?」

よりによってそれは、はじめと美雪にいつも突っかかってくる横暴な印象の刑事である。とことん大ハズレのはじめに、美雪はついにキレた。

「向井さんよ! とにかくもう、はじめちゃんにだけは絶対にあげないんだから!」
「違うの? 誰にあげるの? ねえ、教えて〜。俺と美雪ちゃんの仲じゃな〜い」
「絶対に、い、や!!」
「そこをなんとか〜美雪ちゅぁん」

はじめは砕けた口調で懐柔をはかるが、美雪の態度は硬化するばかり。

「絶対に、はじめちゃんにはチョコあげないし、誰にあげるかも教えてあげない! 絶対!」
「おまえ、さっきから絶対絶対って、世の中に絶対なんかないんだからな」
「ふん! もう知らない! あと1時間、しっかり補習受けて帰りなさいよ!」

美雪は思いっきり舌をべーっと出した。はじめを置き去りにして教室を出た。

「あっかんべーって、おい。なに、そんな怒ってんだよ……」

はじめは不満げに口をとがらせた。
そして美雪は校門を出たところでしゃがみこんで頭を抱えていた。

「またやっちゃったあ。どうして、わたしってば、いつもこうなっちゃうんだろう」

好きなのに。好きだから?
恋する女心は複雑なのである。美雪の場合は単に意地っ張りともいう。




(いつからだろう。幼なじみと言われることに、ホッとするよりもチクッとすることが増えてきたのは。
安心するのに不安になってしまう)

幼なじみという関係は美雪とはじめだけのの特別な関係だけれど、それだけでは足りない何かを感じていた。
アホでバカでスケベで、とっても大好きな人。大好きなのに好きとは言えない人。

「ねえ、はじめちゃん。幼なじみだからってチョコをもらえると思ったら、大間違いなんだからね」

バレンタインデーの前日、美雪は4個のチョコレートを通学鞄に入れた。




明けてバレンタインデー。美雪は最初に佐木にチョコレートを渡した。登校して初めに対面したのが佐木だったからである。正確に言うと初めではなく二番目。

「佐木、勘違いするなよ。それ、義理だからな。ギ・リ!!」

美雪の背後から、はじめが恨めしげに覗いていた。彼こそ今日最初に美雪が出会った人物である。
放っておくと遅刻常習犯の彼は、毎日、美雪に家まで迎えに来てもらっている。しかし今日だけは、美雪の家から一番近い電柱の影に身を潜めていた。そして美雪の後ろからヒョコヒョコと引っついて登校してきた。
とりあえず2人のあいだに険悪な空気はない。一晩すぎれば仲直り。これは家族同然の幼なじみならではの役得であろう。

「七瀬先輩、ありがとうございます。これ、ラッピング自分でされたんですか?」
「そうなの! よく気づいてくれたわね。嬉しくなっちゃう。誰かさんは鈍すぎて……」
はじめにチラリと視線を送る。

「先輩、ダメですよ。ありがたくいただかないと」
「俺、もらってねえし」
「先輩いただいてないんですか!? ちょっと待ってください」

佐木は肌身はなさず持っているビデオカメラの録画ボタンを押した。大仰にカメラを構えてはじめと美雪を写す。

「これは貴重ですよ。先輩が振られる瞬間です。しかもバレンタインデーに振られるとか……クスクス」
「佐木、てめえ、チョコもらったからって調子のんなよ」
「もう、はじめちゃん、なに言ってるのよ!?」

美雪ははじめの腕を掴んで佐木から引き離した。

「それは義理だからなあああ」

断末魔のような捨て台詞を残し去って行くはじめの姿を、佐木はビデオに収めた。



それからは休み時間になるたびに。
「おい、美雪、どこ行くんだよ?」
「購買にシャープペンシルの芯を買いに行くの」
芯の出ないシャープペンシルをカチカチとノックさせた。

「おい、美雪、どこ行くんだよ?」
「パン屋さんよ。はじめちゃんの分も買ってこようか?」
通学鞄にはチョコレートを入れているので、弁当は入らなかった。

「おい、美雪、どこ行くんだよ?」
美雪が返事をしないので、はじめは後をつけていく。美雪が立ち止まった。
「どこまでついてくるのよ!? はじめちゃんのスケベ!」
美雪は女子トイレに入っていった。



そして放課後。美雪は真壁にチョコレートを渡した。真壁はうやうやしく両手で包みを受け取った。

「僕に? いやあ、七瀬君もやっと僕の魅力に気づいてくれたのかな」
「真壁、勘違いすんなよ。それはただの義理チョコだ」

佐木と色違いの光沢のある包みを、はじめは憎々しげに指さした。

「それぐらい、わかっているさ。そうだよな、七瀬君?」

美雪は申し訳なさそうに頷いた。真壁はぞんざいに通学鞄にチョコレートを放り込んだ。口ではわかっていると言いながら、多少は期待していたらしく、義理チョコときいて落胆したのは間違いない。ただ、真壁の場合は美雪だからではなく、女の子だから、の程度なので、大したことではない。それどころか、プライドの高い真壁は、はじめよりも優位に立ちたがっていて、時々挑発してくる。

「当然、金田一も、もらったんだろう?」
「……ってねえよ」
「はい? よく聞こえなかったが」
「もらってねえよ。悪かったな」
「あ、そーなんだあ。それは気の毒だねえ。仲が良いと思っていたんだけどなあ」

そっか、そっかあ、僕の見立て違いかあ、残念、残念。
と、ちっとも残念そうではない、むしろウキウキした独り言をつぶやきながら、真壁は帰っていった。


美雪は、チラリと上目遣いではじめの表情を伺った。はじめは不機嫌そうな様子もなく「ん?」と美雪を見返した。
「どうしたんだ? 行かねえのか?」
「行くって、どこに?」
「剣持のおっさんのところに決まってるだろ」
「う、うん」
大またで教室を出て行くはじめの後ろを追った。
(はじめちゃんにとっては、わたしからのチョコなんてどうでもいいのかな)
美雪は少し胸が痛んだ。


警察署で剣持を呼び出した。幸いにも手が空いていたようで、すぐに現れた。美雪からチョコレートを受け取ると、顔をほころばせた。

「わたしにもくれるのかい。ありがたいなあ」
「おっさん、それ義理だから」
「そんなこたぁ、言われんでもわかっているよ。その義理の気持ちがおじさんには嬉しいもんさ。なあ、美雪ちゃん」

美雪もホッと表情をゆるませた。チョコレートにこめるのは恋心だけではない。感謝の気持ちがきちんと伝わったことが嬉しかった。

「あけてもいいかい?」

美雪はどうぞ、と手のひらを差し向けた。
包みは佐木や真壁と同じように光沢のある袋で、その口を開けた。はじめが横から覗こうとしたのを、剣持は制した。

「ダメだぞ、はじめ。これはわたしがもらったんだから。おまえはちゃんと自分のがあるだろう?」
「ねえよ」

剣持が問い返すと、「だから、俺はもらってねえの!」とやけっぱちに言い返した。

「そおかあ」
「なんだよ。気の毒そうに見るなよ」
「いやいや、ま、気を落とさずに、うん、これからいいこともあるさ」

最後に声量を落として「かわいそうになあ」とつぶやき、同情のこもった瞳ではじめを見つめた。もしもこの場に美雪がいなければ「せっかく告白したのにな」と、はじめを慰めていたかもしれない。


お礼にコーヒーの一杯でも奢ってあげたいのだが、という剣持の申し出を、はじめは「俺、コーヒー飲めないから」と断った。美雪も「奢ってもらうのはわたしよ」という反論もせずに、はじめに従った。
今日一日、ケンカをしていたわけではないが、美雪の気持ちは宙ぶらりんになっていた。通学鞄には、はじめ宛てのチョコレートが入っている。意地を張るのを止めて、鞄から出して「はい、チョコレート」と渡してしまえば、スッキリするだろうか。
あの電柱にたどり着いたら渡そう。あの曲がり角を曲がったら渡そう。目標物を決めては、ただ通り過ぎていく。

「あー!!!」

はじめが大声をあげて、美雪は驚いて立ち止まった。

「どうしたの? はじめちゃん」
「俺、今日、一個もチョコもらってない! なんで!?」
「なんでって、わたしは……」
「美雪は仕方ないだろ、あんだけ怒ってたんだし。他の女の子からだよぉ」
「……は?」

つい振りかぶりそうになった手のひらを美雪は一方の手で押さえ込んだ。こんな日に、はじめを引っぱたきたくない。

「本命なんて贅沢言わない。でも義理くらいくれたって良いじゃない? そう思わない? 14日にチョコゼロって悲しくない?」

美雪は呆れて、それから安心した。はじめが誰かからの本命チョコレートを期待していたわけではないことに。

「だって、はじめちゃん、今日ずっとわたしの後ろをついてきてたもの。渡す隙がなかったんじゃないかしら」
「そうだったー! なにやってたんだ俺!?」
「わたしが聞きたいくらいよ。はじめちゃんの言うとおり、3人に義理チョコ渡しただけよ?」
「そんなの、見張ってなきゃ、わからないでしょうが」
「どうして? わかるでしょう。いっつもすっごい推理するじゃない」
「事件の謎は解けても、美雪の考えてることなんか全然わかんねえよ。それに男ってバカなんだぜ。誤解されたら困るだろ」
「誤解って、はじめちゃんも?」
「ん?」
「はじめちゃんも……誤解する……?」
「いや、俺は、ちゃんとわかってっけど」

(わたしの気持ちなんか、全然わかってないくせに)

美雪はもっと追及したかったが、はじめの落胆している様子を見ていると、可哀想に思えてきた。そして、つくづく思ったのだ。やっぱり、はじめを好きだと。はじめが自分を幼なじみとしか思っていなくても、自分ははじめを好きなのだから、意地を張ったって仕方がない。

「あのね、はじめちゃん。これ、あげる」

通学鞄からチョコレートを出した。通学鞄を足元に置いた。両手を添えて、はじめに差し出した。
それは光沢のある紙で包まれ、十字にリボンをかけられていた。

「受け取ってください」
「俺に? だって、おまえ、絶対あげないって言ってたじゃないか」
「世の中に絶対なんてないんでしょ?」

はじめは美雪から両手で受け取った。包みを上から眺めたり、下から眺めたり、斜めに傾けたりした。そのたびに「スゲー」と繰り返し言った。

「ありがとう。大事に食うわ」
「早く食べてね。手作りだから」
「そうなの? おっさんたちのも?」
「ううん。ラッピングだけ。チョコは買ったものよ」
「げ。俺だけ毒味?」
「なによ、それ。どういう意味?」

美雪の声に怒気がはらみ、はじめはその場を逃げ出した。

「ちょっと、はじめちゃん! 待ちなさいよ!」

どうして、はじめちゃんのチョコだけ差をつけているのか、ちょっとは考えてみなさいよ。
名探偵の孫なんでしょ!!

はじめちゃんが好きだから。
答えはこんなに単純なのに。
これから先、何があってもずっと、はじめちゃんが好きだから。これだけは絶対に変わらないんだから。


<おわり>

2014年10月5日作成

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