ファースト・ステップ(4)

月山家を追い出された夏世と航が並んで歩いている。
「父は家出したわけじゃないんですけどねえ」
「まー、いいんじゃないですか。散歩しましょう。心当たりはありますか?」
夏世は頷いた。
「そういえば、初めてですね」
「え?」
「航さんと一緒に誰かを探すって」
「そうですねー」
しかも、こんなにも穏やかな気持ちで、と2人は思った。

夏世と航が辿り着いた先は家から10分ほど歩いた距離にある神社だった。
わりと大きな神社で毎年お祭りの日には、離れた町からも人が訪れるほどだという。
初詣や七五三の時期には賑わっているが、年中行事がない今の時期は広い境内が閑散としていた。
「父がよく散歩に連れてきてくれました」
境内の中でもひときわ大きな木のかげに夏世の父はいた。
父は木にもたれかかるように立ち、手にした紙のようなものを見つめていた。
「お父さん」
夏世が航より一歩進み出て呼びかけると、驚いた表情で振り向いた。
「迎えにきたよ」
父の視線は夏世を捉えたあと、航に向けて動いた。
夏世と航は父のすぐそばまで近づいた。
「お父さん、こちらは」
「片岡航です」夏世が紹介する前に、自ら名乗り頭を下げた。
「話は夏世から聞いています。あなたのことも、あなたのご家族のことも」
父は持っていた紙のようなものを航に手渡した。それは夏世と夏世の父と母が一緒に写っている写真だった。

「この神社で撮した写真です。懐かしくなってしまってね」
航は写真を両手で持って見つめている。
「ご覧の通りの3人家族で、この子には寂しい想いをさせたかもしれません。
 あなた方が4人兄弟だとうかがい、少し複雑な気分にもなりました」
夏世は父の言葉にハラハラしながら航の表情をみたが、航がいま何を思っているのか読み取ることができなかった。
「私自身は2人兄弟の弟でしたが、4人兄弟の長男のあなたは苦労されたでしょう。
 若くして両親を失い、弟たちを守り続け、自分のことをないがしろにされていたのでは?
 そういうあなたの妻になろうとする娘を心配するのは、親の傲慢でしょうか」
「ちょっとお父さん、何言ってんの!?」
航は夏世を軽く手でいさめて、口を開いた。「僕は……」

「僕は今まで弟たちを守ることを口実に自分を犠牲にしてきました。責任も重荷も何もかも1人で抱え込んでいました。そのことが却って弟たちの負担になっているとも気づきませんでした」
航は夏世を見てから再び父を見た。
「これからは自分のことに一生懸命になろうと思います。夏世さんと一緒に。
 夏世さんだけに苦労はさせません。
 僕が1人で背負いもしません。
 ふたりで分け合っていくつもりです」
航は父の手に写真を返した。
父は写真に目を落として、口元をほころばせた。
そして航に頭を下げた。
「夏世をお願いします」


航と夏世と夏世の父が月山家に帰宅した。
既に母は帰宅しており、腹を空かせた3人の弟たちが兄をなじった。
母は上機嫌で「弟さんに家事習いなさいよ!今でもろくすっぽ料理もできないんでしょ!」と夏世をせめた。
「そうなんですよ、ホントにこの小娘は……」調子に乗る修の後ろ頭を、智がスコーンと叩いた。
「いてっ!なにすんだよ!」「なんだよ!」「やめなよ」
夏世の父と母は3人の弟たちのやり取りを見て、笑い出した。
「にぎやかで楽しそうね」母の言葉に夏世は笑顔で頷いた。

月山家で食事が終わる頃、家の外で車のクラクションが鳴った。
車から降りた田中一郎が表札を見て「ガッサン……」と呟いた。
家の中がざわざわする気配がして、扉が開いた。
夏世の父と母に見送られて、夏世と航、修、智、陽、亮子が家を出てきた。
「ちーっす」
田中一郎は頭を下げた。
「やだ、一郎くん、ホントに来たの!?」亮子が驚いた。
「ホントに来たのってバカヤロ、おめーがのこのこ」
「まあまあ、田中ちゃん」航が田中の両肩をポンポンと軽く叩いた。
突然の田中一郎の登場に戸惑う夏世の両親に、夏世が田中を紹介した。
「私の、師匠……みたいな方です」
田中が感動した表情で「ガッ……」と言いかけ、亮子が「つきやま!」と訂正した。
さすがに月山一家の前でガッサン呼ばわりはさせられない。


田中の到着と同時に月山家での滞在もお開きになったので、田中は目的地に着くなりトンボ返りする羽目になった。
田中が運転してきた車にみんなを乗せようと人数を数えた。
「ひぃふぅみぃ、1人乗れねえな。ガッサン、おまえ電車で帰れや」
「なんで私1人だけ!?」
田中の一瞬の迷いも無い判断に夏世が抗議した。
「むしろ……」航が拳を顎の下にあてて提案する。
「田中ちゃんと川村さんのお2人で帰られてはいかがですか?
 僕らは電車で帰りますから」
「あ、それいいんじゃない?つもるハナシもあるでしょー」智も賛同した。
田中は少しだけうろたえたあと、「じゃ、じゃあ、な、ほら!」亮子を小突いて車に乗せた。
夏世と航と、修、智、陽は2人が乗った車のあとを見送った。
「ホント、あの人は何しにきたんだろうね?」修が呟いた。
「航さんにガツンと言いにきたらしいですよ?」夏世が答えた。
「ええ、ガツンと言われました」航がクスッと笑った。


つづく