ファースト・ステップ(3)

夏世と航と弟たちと亮子は予定通りの時刻に電車に乗った。
4兄弟は向かい合った4人掛けのボックス席、夏世と亮子はその前席に並んで座った。
夏世の背後で冷凍ミカンを持った修がはしゃぐ声が聞こえる。
「はい、月山」
「これ何ですか?」
「見てわからない?ゆで卵よ。駅で売ってるものって何故か美味しいのよねえ」
「はあ」
亮子は、ゆで卵を頬張ってむせた。夏世が即座にペットボトルのお茶を渡した。
お茶を飲み下している亮子を見たあと、夏世は再び背後の席の様子に気をやった。
相変わらず修がはしゃいでいて、智がいさめ、陽はときおり笑っている。航が適度にツッコミを入れながら、窓の外の風景を眺めていた。

夏世の実家は電車で2時間、徒歩15分のところにあった。近からず、遠すぎずといった距離である。
玄関先で夏世の母が「あらまあ、大勢さんで」と出迎えた。
「突然押しかけてしまって申し訳ございません」航が持参した手土産を渡して頭を下げた。
「片岡航さん」夏世が名前を紹介した。「こちらが弟の修さん、智さん、陽くん」
「みなさん、ご兄弟?」
「私は違います」亮子が顔の前で手を振った。
「上司の川村亮子さん」
夏世の母は不思議そうな表情で頷いた。
「どうぞ上がってください。狭い家ですが」
「お父さんは?」
「フラッと出かけちゃったわ。照れくさいのかしらね」
母は居間の兄弟4人と上司1人にお茶をふるまい「食事の準備をしますね」と言った。
智が「お手伝いします」と母のあとを追った。
廊下から「店屋物を頼むので大丈夫」という母の声と、
「もったいないですよ。なんか適当に作りましょう。俺いつも4人分の飯作ってたんで」という智の声が聞こえた。
「さとぴょん、なにイイコぶってんの?」修が首をかしげた。
「ひょっとして」陽が声をひそめて、修にだけ聞こえるように呟いた「まだ好きなのかな」

「なになに陽くん、それどういう意味!?」
「修兄、声が大きい。まさか気づいてなかった?」
陽は顔を動さずに目だけで航の様子をうかがった。航は修と陽の会話に気づかずに夏世と談笑している。
修と陽は目を合わさず廊下の方を見たまま会話を続けた。
「智兄も、あの人のこと……」
修は大声を出す変わりに、口をパクパクさせた。
「兄ちゃんは……」
「たぶん、知ってると思う」
「なんで陽くん、そんな事情通なのよ?っていうか俺だけヒミツにされてたわけ!?」
陽は大げさにため息をついた。
「修兄、少女漫画、向いてないね」
「うん。それ、今の俺には褒め言葉だね」

「陽ー、修兄ー!」
タイミングよく台所から智がと2人を呼ぶ声が聞こえて、修と陽はビクッとした。
2人は顔を見合わせたあとに、おずおずと台所に行った。
台所では智が野菜を切っている最中だった。夏世の母は足りない材料を買いだしに行ったらしい。
「ボケーッとしてないで、手伝えよ」
「お、おう」修が手近にあったオレンジを手のひらにのせてぐるぐる回した。
全く無意味な修の動作に智はため息をつき、
「2人とも、航兄に協力しろよ」
器用な包丁使いをしながら口をとがらせる。
「航兄の?」陽は探るような目で智の表情をうかがった。
「大事に育てた一人娘がよー、いきなりヤロー4人兄弟の長男と結婚するなんて言い出したら、俺が母親だったら全力で止めるね。見るからに苦労しそうじゃん」
実際、さんざん苦労かけたしなー、と3人はそれぞれ身に覚えのあることを思い返す。
「だから、俺らのことは大丈夫って、印象づけなきゃさ。修兄だって、そのつもりでついてきたんだろ」
「え!?そ、そりゃもちろん!!」
修はただの野次馬根性だったとは言えなくなった。
「智兄」
「なに?」
「なんか、ごめん」陽は自分の邪推を心から詫びた。
「なにが?……って修兄、食ってんじゃねえよ」
こっそりつまみ食いをする修を叱った。

「ところで、あの人は何しにきたの?」
「さあ?」修と陽が一緒に首をかしげた。

あの人――川村亮子は夏世と航の真ん中に座っていた。
夏世と航は亮子越しに会話をしている。会話の内容は他愛のないもので、ずっと目を閉じたままだった亮子がカッと目を見開いた。
「ちょっと航さん!」
「はっはい!?」
「さっきからウダウダウダウダ天気の話ばっかりして!一体ここに何しにきたの!?」
「父は留守してますし」夏世が口を挟んだ。
「だったら、サッサと探しに行ってくればいいでしょ!?月山!」
亮子は目を閉じて人差し指を眉間にあてた「私が心配しているのはね」
目を開けて人差し指をビシッと航に向けた「この人が、一郎くんと私に遠慮してるんじゃないかってこと!!」
航は目を丸くして「いや、それは……」
「確かにね、7年前に私たちは1度ダメになったわよ。
 でもね、それを根に持って自分達の幸せを掴みそこねるのは違うと思うの!」
「『根に持って』って……それは編集長では」
「『負い目を感じて』ですね」航が訂正した。
「そんな細かいことは、どうでもいいのよ!とにかくね、変な義理立てするのは止めなさい!」
「そういうことはないです」航がキッパリと言った。
夏世と目線を合わせて2人で頷いた。
「田中ちゃんと川村さんが結婚するまで結婚しない、とかではないです」
「それにですね、編集長、今すぐじゃないっていうのは……」
夏世が航の言葉を引き継ごうとしたが、亮子がそれを遮った。
亮子は腕組みをして怒鳴った。
「な、なによ、だったら、サッサと探して来なさいよ!」


つづく