ファースト・ステップ(2)

翌朝、デートの日にちは決まったのかと弟たちは尋ねた。
「デート無くなったから」ソファで新聞を読みながら航が答えた。
「何やってんだよ、兄ちゃん!」
「修兄だってデートの約束くらいできたのに。振られたけど」
「智、てめーは一言多いんだよ!」
「まあまあ、2人とも。今はそれどころじゃないでしょ」陽が修と智を仲裁した。
こういう日常もあとわずかだと思い、航が目を細めた。
「話は最後まで聞けよ。月山さんの実家に、ご挨拶に行くことにした」
「マジか!?」と智。
「ああ」
「まともにデートしたこともないのに!?」と修。
「デートをしたら上手くいくってもんでもないだろ」
デートをしたが振られた修が「お兄様ヒドイッ!」と陽に泣きついた。
「俺も、なにげにグサッときたんですけど」女性との交遊関係が派手な智も苦笑いする。

「挨拶って兄ちゃん、結婚すんの?いつ!?」
陽のシャツを掴んだまま修が振り向いた。
「今すぐってわけじゃないけど。まずはご挨拶ぐらいは」
立ち直った修が拳をあげて高らかに宣言した。
「そういうことなら、われわれ弟たちも一緒に行くべきではないのかね!?」

「えっ!?」智よりも陽よりも先に航が驚きの声を出した。
修が無茶な提案をしたときは、いつも智が茶々を入れるはず、と智を見たが智も「そうだなー。今なら都合もつけやすいし」肯定の返事。
ならば陽は?
「僕も賛成。航兄いつなの?」
「来週の水曜日」
それぞれが次のステップに進もうとする準備段階の現在。突然の予定にも難なく対応できるだろう。つまり、3人の弟がついてくる、と。
「ま、いいか」
航は夏世の呆れる様子が目に浮かんだが、弟たちの提案を受け入れることにした。


一方その日の夜、夏世のアパートでは、夏世と元上司の川村亮子が手土産のケーキを食べていた。
「月山、プロポーズされたの!?」亮子が大口を開けて驚いた。
「されたというか、されているのに気づかなかったと言いますか」
「花園ゆり子に告白した月山もどうかしてるけど、いきなりプロポーズした航さんもぶっ飛んでるわねえ」
フォークでケーキを一口サイズに切り分けて口に入れる。
「今すぐ、ってわけではないのですが」
「今すぐじゃないの!?」
亮子がずいっと身を乗り出してきた。その分後ろに下がる夏世。
「ダメよそれはー。そうやってね、きちんと日取りも決めないと、だらだらだらだら今の関係が続いて、永すぎた春になっちゃうの。そうすると、いざ結婚しようと思っても、キッカケがなくなっちゃってね、できちゃった結婚を狙うしかなくなるわけよ。でもそんな計画性が無いことできないでしょ!?仕事もってるんだし、年はどんどん取っていくし」
「あの、何故かすごく真実味を感じるんですが」
「そう!?気のせいじゃない!?」
夏世の脳裏には田中一郎と亮子が浮かぶ。自分たちのことより、この2人こそ、どうなっているのだろう。
「わかったわ月山、私も行くわよ!」
「え!?」
「大丈夫!絶対ガツンと言ってやるから!!」
「ガツンって」
「来週の水曜日ね!有給とるわよー!」
張り切る亮子をよそに、夏世は航にどう言い訳しようか考えていた。


そして水曜日。自家用車を持っていない夏世と航は駅で待ち合わせて電車で移動する予定だった。
「おはようございます」かしこまって挨拶する夏世の背後から「やほー!」亮子が顔を出した。
「しゃぶしゃぶさんだ!」航の背後にいた陽が驚く。その横には修と智。
「あのー」夏世が遠慮がちに航に話しかけた。
「なんでしょう」
「田中さんも呼んだ方がいいような気がしてきました」
「そうですね。田中ちゃんも呼んでみますか」
夏世は田中一郎の携帯電話に発信した。

『がっさん、おめーなー、いきなり今から来いなんて何様のつもりよ。無茶にも程があるだろうよ』
夏世は携帯電話を肩と頬の間に挟んだまま、両手の人差し指で小さく×とジェスチャーした。
航が手のひらを差し出してきたので、スピーカーから田中の怒声が聞こえる携帯電話を渡した。
「おはようございます。航です。朝からすみません」
途端にスピーカーからの怒声が止んだ。
「うちの弟たちや、川村さんもいらしているので、念のために御報告をと」
『亮子も来てんですか!?』電話の向こうで『あのバカ』と小さく毒づく声が聞こえた。
『ご迷惑おかけして申し訳ございません。こっち片づけ次第駆けつけますんで、住所、教えて貰えませんか?』
ひとしきり話を終えて航は携帯電話を閉じた。
「田中ちゃんも遅れて来るそうです」


つづく