ファースト・ステップ(1)

「航兄、あの人とちゃんとデートとかしてんの?」
4兄弟が揃ったリビングで智がおもむろに尋ねた。
「デート?」キョトンとした表情で聞き返す航に、
「言っとくけど、駅まで送るとか、川沿いをぶらぶら歩くとか、そういうのはナシだかんな?」智がダメ押しをした。
航の代わりに陽が「待ち合わせして、映画館とか遊園地とかに行くってこと?」と聞き返した。
「そうそう。ちゃんとエスコートして気分を盛り上げてさ」
「いやー、俺そういうのよくわからないし」
「兄ちゃん!!」それまで黙っていた修が立ち上がった。
「な、なんだよ修」航は驚いてソファに座ったまま膝を曲げた。
修は航の前にきて正座した。
「それじゃあ、夏世っぺがあまりにも不憫ではございませんか」
「智兄、修兄がまともなことを言ってる」「おう」
航が弁解じみた口調で「特に文句も言われてないけど」と言った。
「文句を言うときは別れるときだったりして」陽が冷めた表情で言う。
「でも彼女、忙しそうだし……」
「だったら、航兄が都合を合わせりゃいいだろ。もう〆切なんか無いんだから」
智の言葉に航はぐうの音も出なかった。

航の返答をきかずに、智は話を進める。
「日にち決まったら教えてくれよ。航兄の服コーディネートしてやるからさ。まさか普段着で行くつもりじゃないよな?」
「そのつもりだったけど」
「あの人の前の職場知ってる?ファッション誌だよ?そんな爺むさい格好で来たら引くよ」
「爺むさい!?」
「普段は良いよ、普段はね。落ち着いた格好だし。落ち着き過ぎてるけど。でもデートじゃありえないでしょ」

「行き先はっ!!」
「な、なんだよ修」
修はリビングを小走りで飛び出して、すぐに戻ってきた。手にはかつて自分が美那絵とのデートプランを立てるために参考にした雑誌を数冊抱えていた。
「これを差し上げます。どうぞご参考に!!俺のお薦めはっ!」
「どうも……」
放っておくと演説が始まりそうだったので、早々に雑誌を受け取って礼を言って中断させたつもりだったが、修は構わず話を続ける。
「第2位映画!暗闇の中で2人きり、手なんか握っちゃったりして、どうするどうする!?ねえどうする!?」
「ウザイぞ、修」航が笑顔で言った。
「僕、胸キュンなシナリオ書こうか?」
「それもいい」陽の申し出も即却下した。

夜になって、夏世から電話があった。
夏世は編集者という仕事柄、終業時刻などあってないようなものなので、仕事が一段落したタイミングで夏世から電話をかける事が多い。
「月山さんの次のお休みの日はいつですか?」
『一週間後の水曜日にやっと1日とれました』
「ご都合よければ、一緒に……」
『すみません。今度の休みは実家に帰ります。お正月も帰れなかったものですから、両親がうるさくて。日帰りでちょっと顔だけ見せてきます』
航は少しだけ考えた。
『航さん?』会話に間が開いたので夏世が心配そうな声を出した。
「僕も一緒に行っていいですか?」
『航さんが!?』
「きちんとご挨拶しなければと思っていたので」
『それって、どういう……』
「忙しさにかまけて、遅いくらいなのですが。告白してからすぐに行くべきでしたね」
『告白って』
「承諾して下さいましたよね?」
『そりゃもう』
「あれ、プロポーズですよ?」
電話の向こうで何かが割れる音がした。
「大丈夫ですか?」
すぐ近くにいれば、割れる前に受け止めてやれただろうに。
『だ、大丈夫です!ちょっと驚いて』
「そういうつもりじゃなかった……?」
『……そうなれたら良いなあと夢みていました。
 夢がいきなり現実になって驚いてます』
戸惑ったような嬉しさを噛みしめているような夏世の声に航も安堵の笑みを浮かべた。


つづく