形勢逆転

花園ゆり子を担当していた頃は、修のワガママと航の態度に振り回され続けた月山夏世。花園ゆり子が解散すると同時に、翻弄された日々からも解放されたはずであったが。

「よー小娘ちゃんよー。花園ゆり子の原稿描けって何だよ!?最終回は脱稿しただろ!」
片岡家のリビングで修が叫んだ。本来目指していた少年漫画のネームを作ろうとした矢先のことだった。
「はい。最終回、大変好評でした。ありがとうございました」
「だろー?渾身の一作だからな。だからって続編はナシだからね!!」
「もちろんです。今日お願いにあがったのは、単行本最終巻の表紙の原稿です」
「単行本の表紙〜!?」
「まあ、書き下ろしでなくても?掲載済みの表紙を再録してお茶を濁してもいいと仰るならば?無理にとは言いませんけど?
 残念だなー、最高傑作が収録された単行本、しかも最終巻なのになー」
「ぐっ……」
「どうされます?新年特大号の表紙でも再録しますか?初夏発売予定ですけど」
「ちっくしょー!!描くよ!描けばいいんでしょ!!」
「お願いしまーす!」
笑顔で頭を下げた。
「航お兄様!!手伝ってね!」
「わかったよ」
航も美大復学にむけて準備を進めていたが快く承諾した。

「月山さんは次の担当は決まったのですか?」航が尋ねた。
「はい。この後にお伺いする予定です」
「修にこれだけ言えるならば、どこに行かれても大丈夫でしょう」
「ありがとうございます。おかげさまで鍛えられましたから!」
力こぶを見せる仕草をした。
「次に担当される方はどのような方ですか?」
できるだけさりげなく、探りを入れているとは気づかれないように細心の注意を払って尋ねる。

「お名前は女性のようです」
航がホッと安堵する様子をリビングに居合わせた智と陽は見逃さなかった。
「でも、花園ゆり子先生のようなケースもありますし」
「……そうですね」
「複数人でしたらワイワイ楽しいですけど、男性1人だったりすると、うちとけるのに時間がかかるかも」
「いや、無理にうちとけなくても、いいんじゃないかな」
「いえいえ、作家と編集は二人三脚でがんばっていかないと!」
月山夏世はけなげに張り切るが、航は自分たちと月山夏世が過ごした濃密な3ヶ月間を振り返ると、心穏やかではいられない。

「もうこんな時間!修先生、よろしくお願いしますね」
「わかったよ〜鬼娘」
「みなさんも。それでは失礼します!」
パタパタと軽やかな足取りで出て行った。
呆然と後ろ姿を見送る航。
「わたーるにい」
呼ばれて航が振り返ると、智と陽がニヤニヤ笑みを浮かべていた。
「どう思う?陽」
「航兄、ピンチ……かな?」
航は自分の両手を見返した。この手で包んだ月山夏世の手、抱き寄せた身体の感触を反芻するように。
「ちょっと駅まで送ってくる」
航は小走りで後を追った。

「あらまー、素直だこと」
「今までが今までだったからね。少しは慌てても罰は当たらないんじゃない?」
「うるさいよ、2人とも!!仕事のジャマ!!」
表紙の構図を練る修が頭を掻きむしりながら叫んだ。
「仕事は仕事場でやってよ」
「だって1人じゃ寂しいんだもん!」
「ウゼーなー」
「なんだとぅ!?」

仕事では修兄、プライベートでは航兄を手玉にとるとは、あの人もずいぶん成長したものだと、智と陽は思う。
4人が離ればなれになるまで、あとわずか。それまでに元担当編集が家族になることを心から願った。