陽は何でも知っている

花園ゆり子解散後、陽の留学準備は着々と進んでいた。
もともと陽は物をあまり持たない主義だったので、片付けも荷造りも人手は不要なのに、手伝いと称して月山夏世が度々訪れていた。
「僕を口実にしないでよ。堂々と航兄に会いに来ればいいのに」
「だって、しつこい女とかウザイ女とか思われたくないもん」
「思うわけないじゃん。バカじゃないの」
月山夏世が来る日の兄の浮かれっぷりを見せてやれないのが残念だ。

「あら、これ暑中見舞い?」
紙類の中からハガキや手紙の束を見つけた。
「捨てるものだよ、散らかさないで」
手伝いにきたのかジャマしに来たのか判らないじゃないか。
「女の子からばっかり。陽くん、モテるもんねえ」
「そうでもないよ」
否定しないところが小憎らしい。
「航さんもモテただろうなあ」
「まあね。修兄や智兄に聞けば詳しく教えてくれるんじゃない?」
航が高校生くらいの頃には、陽はまだ物心がつく前だった。

「僕が知ってる限りでは、特定の女の人はいなかったと思うけど」
「ってことは不特定多数!?」
あの余裕の微笑みはものすごい経験の積み重ねの賜物!?あらぬ想像をしてしまう。
「なんでそうなるの?違うよ。
 航兄は今まで自分のことは全部二の次にしてきたんだ。
 油絵も諦めて、恋愛だって。僕はそう思ってた」
そしてそれは兄弟みんなの重荷になってしまっていた。
「そっか」
月山夏世は手紙の束を元の場所に戻した。
陽は正面を向いたまま話を続けた「でも、今はそうじゃなかったと思ってる。恋愛については」
「だって、航兄はあなたに惹かれていたから」

「航兄は僕たちには優しかったけど、僕たち以外には冷たかったよ。
 僕たちの絆を壊しそうなものは容赦なく切り捨ててた。
 航兄が僕たち以外の人をかばったのは、あなたが初めてだった。
 原稿が水浸しになったときも。
 僕と智兄がイタズラしたときも。
 あなたがキッチンを破壊したときも。
 サイン会も。
 他にもたくさんあると思う」

「航兄は秘密を明かす前から、気持ちが動いていたよ。あなたが動かしたんだ」

「だから、もっと自信持ちなよ」

「陽くん」
「泣かないでよ」

部屋の扉が外からノックされた「陽、月山さん、いるのか?」
「どうぞ」
航が扉を開けて部屋に入った。
「月山さん!?どうしました?陽がなにか失礼なことを?」
「そうやって頭ごなしに決めつけて。僕グレるよ」
「なに子どもみたいなことを言ってるんだ」
「散々子ども扱いしてきたくせに」
「陽、待ちなさい!」
航の呼びかけを無視して、陽は部屋を出た。

リビングには修と智がいた。
「あら、どうしたの陽くん」
「全然捗らないから、今日はもう止める」
「おいおい、陽の部屋なのに陽が追い出されてどうするよ?」
「仕方ないよ。5年間枯れてた女に、15年間時間が止まってた男なんだから」
「陽くん」「陽」
「「大人だねえ」」
修と智が声を揃えた。