やっとこさ おまけ

「大丈夫だよ、1人で帰れるから。お前は寝てろ」
山口久美子の言葉も沢田慎は頑として受け付けない。
何度か「1人で帰れる」と繰り返した後に、ハッと気がつき
「まさかお前、『契りました』とかいって、報告する気じゃねーだろーな!?」
「アホか。山口がちゃんと帰宅するのを見届けるだけだ」
山口久美子の身体に、ケンカとは違う負担を初めてかけたのだから、心配しているだけなのに、どうにも通じずに閉口した。

結局、山口久美子は沢田慎に黒田一家まで送ってもらった。
その道すがらは、どちらとも言葉少なく、少しそわそわしていた。

黒田一家の門前に着いた。
丁稚扱いの工藤が鼻歌まじりに水まきをしている。
そして、お約束通り
バシャッ
「工藤!何やってんだ!?バカヤロー!」
怒声をあげる山口久美子の前に、ずぶ濡れの沢田慎がいた。


「沢田、悪いな。丁度風呂沸かしてあるから、入ってってくれよ」
工藤が平身低頭謝った。
「なんで真っ昼間から風呂が沸いてるんだよ」
「それは、まあ、沢田なら大丈夫だから」
「意味わかんねー。帰る」
「待ってくれ!ちゃんと風呂で温まって着替えてくれ、じゃねえと俺殺される」
山口久美子が腕組みして、もの凄い形相で工藤を睨んでいた。

沢田慎は欠伸をしながら浴場に向かった。
「マジで眠い。風呂入ったら少し寝かせてもらおうかな」

浴場の扉を開けた。
「おう、慎公じゃねぇか」
朝を通り越して昼帰りの大島京太郎が湯船につかっていた。
――風呂が沸いている理由は、これか。

「なにボーッと突っ立ってるんでぃ。
 背中でも流してやるぉか?」
「い、いえ、遠慮しときます」
山口久美子の歯形が残る脇腹をさりげなくタオルで隠した。

「おいおい、湯船にタオルつけるなんざ、なってねぇなあ」
タオルを剥ぎ取られた。
「いっ……」
傷口がお湯にしみて顔をしかめた。
「なんでい、それは?」
「富士に噛まれた」

「やるなあ、若大将!土佐犬にも負けねぇってか!?」
豪快に笑った。
咄嗟に口から出まかせを言ってしまった沢田慎は、初めて心の中で黒田富士に頭を下げた。

そして、その日の夜には赤獅子の若大将の武勇伝に
『土佐犬と素手で渡り合ったらしい』と追加されていた。


おしまい

2010年4月30日作成