こんな話もありですか?

<注意書き>
この話はごくせん完結編直後がスタートになります。
すきま物語「その2」に載せている、ごくせん完結編以降の話とは無関係です。
「その2」とは異なる、もう一つのストーリーとしてお読み頂ければ幸いです。
この話の発想元は森本梢子先生のおまけ4コマ『五代目』です。
てつとミノルが登場しますが、この二人って全然老けてないですよね?ってことは……。
そんなお話です。


彼女は彼を「宇宙一好きだ」と言った。
彼は彼女に「俺の将来はお前がいりゃいいんだよ」と言った。
初めて出逢った場所でお互いの揺るぎない想いを確かめ合った。生涯を共にする腹は決まっていた。二人で一緒に歩む先は遠く道は長い。
のぞかれて一時中断したのなんてご愛敬だ。彼女の突っ走った先が彼の知る範囲ならば、彼はいつまでも待つことだってできる。
ところが意外なことに、待てなかったのは彼女の方であった。

「沢田、お前、誕生日過ぎていたよな?」
「ああ」
想いが通じ合っている二人は揃って白金学院を出た。
「未成年じゃないんだよな?」
「おかげさまで」
久美子が歩く方向について行く。久美子がどこに向かおうとしているかはわからない。
「もう一度きいとくぞ、お前の将来は私がいればいいんだったよな?」
久美子が足を止めたのにならい、慎も止まった。
真正面からお互いを見つめ合う。視線は合ったまま外れない。
「当然」
久美子が無言で肯き、二人は手に手を取って歩き始めた。

手を繋いで歩く道のりは慎が何度も夢に見ていた光景だ。
これまでに手を繋げた機会といえば、藤山のストーカー事件ぐらいだったのだから。
そのときは偽装カップルで、手を繋げて思いの外に浮かれた慎はその10数分後に『100年早い』の言葉と共に地獄に突き落とされた。
その後に慎が卒業して、素直に恋心を伝えようとするたびに、久美子に驚かれ、殴られることもあった。涙ぐましい努力を重ねながらようやく距離を詰めた。
やっと男と女として手を繋いでいる。どこにだって着いていける。着いていく。

二人はK市役所に着いた。閉庁時間の間際で役所内の照明も落ちかけている。
久美子は案内板を見てから真っ直ぐに1階の戸籍課に向かった。慎がその後ろに着いていく。
「婚姻届をください」
躊躇いなく職員に告げる久美子の横で慎は表情を変えずに突っ立っていた。
婚姻届を受け取り上から下まで眺めたあと「予備であと1枚もらえますか?」と更に1枚もらった。
「思ったより、いろいろ書かなきゃならんから、一旦出るか」

K市役所の近くの喫茶店で向かい合わせに座っている二人。
慎から先に自分の欄を記入し、残りの欄を久美子が埋めていく。
「戸籍課は二四時間営業だっけ」
書類の上にコーヒーを溢さないように気をつけながら、慎がカップに口をつける。
「お前、印鑑もってっか?」
「”沢田”なんて、その辺の100均でも売ってるだろ」
ありふれている名字はこういう時に助かる。”こういう時”なんて滅多にあるものではないが。

「今日中に出すつもりか?」
「おう。沢田が成年過ぎてて助かったよ。未成年だったら父母の同意書が必要だからな。改めて出直さなきゃならん。あ!本籍K市か?」
「K市だよ」
「なら戸籍謄本もいらないな」
必要書類の説明を目で追いながら言った。
「……もしかして私」
久美子が手を止めて慎の顔を見上げた。
「先走り過ぎててるか?」
世間一般的にはそうだろう。だが久美子の前に座っているのは誰でもない沢田慎だ。
「今でいいのかなーと思っただけ。俺まだ一人前じゃないし」
「今じゃなきゃダメだろう!一刻も早くだ!」

久美子が息巻いている理由に察しがつかなくて慎はたずねた。それに対する久美子の答えは
「式を挙げたいとか、新居に住みたいとか、そんなんじゃないんだ。
 私は教師の仕事をそのまま続けるし、沢田には大学に行ってもらいたい。
 一緒に住む必要もない。今まで通りの生活でいいんだ。
 ただ……」
「ただ?」
「子どもができたとき、父親がいないのだけはイヤだ」
慎はしばし絶句した後にようやく言葉を繋いだ。
「それはつまり」
「それはつまり?」
久美子がオウム返しをする。
「俺と子どもができるような事をしたいと?」
「私はな」
「俺もだよ!」

果たしてこれは夕暮れ時の喫茶店でするべき話題なのだろうか。
久美子が永遠の別れを決断してから一転、父に話を通してきた慎とその日のうちに入籍した。

2013年3月16日作成