1日目 趣味

東条巧巳が目安箱の回収係を任命された翌日の放課後。
「ったく、なんで俺がこんなことを……。」
東条巧巳はブツクサ言いながら、目安箱の回収に行った。箱を開ける前に箱を持ち上げて数回振ってみた。どうせ空っぽだろう。
ところが、箱を振るとガッサガッサと紙が擦れる音がする。
「マジかよ。」と呟きつつ、取り付けられた南京錠を外し、箱の扉を開けると、ガサーッと床一面に中身がぶちまけられた。
東条巧巳は慌てて四つん這いになって、「勘弁してくれよ。一体どこのどいつがこんなに。」と文句を言いながら紙をかき集めて、目安箱に戻した。そして箱ごと生徒会室に持って行く事にした。

改めて生徒会室で目安箱をひっくり返した。再びあふれ出る意見書の数々。生徒会室にはまだ誰もいない。東条巧巳は手近のイスに座り、紙の山の一番上にあった紙を取って中身を開いた。

山本会長の生年月日とスリーサイズを教えてください。

ゴン。東条巧巳は意見書を持ったまま突っ伏して額をを机にぶつけた。持っていた意見書を丸めて自分の背後に放り投げた。

山本会長の好きな食べ物と好きなテレビ番組は?

東条巧巳はまた意見書をグシャグシャに丸めて背後に放り投げた。次々に意見書を開くが、どれもこれも新役員、主に山本春海に関する質問だった。
意見書の大半は東条巧巳の手によって紙くずの山になった。

東条巧巳が最後の意見書を開こうとした時に、山本春海と如月いるかが生徒会室に姿を現した。
「わ!なに!?この紙くずの山。」
如月いるかが紙くずの山を避けながら席に座った。山本春海は屈んで、紙くずの一枚を拾って中身を見た。東条巧巳はその様子を見て言った。
「ご覧の通り、新会長への質問だらけさ。これはファンレターボックスかっつーの。」
如月いるかは山本春海がどれだけモテるかを中学時代からよく知っているので、平然とした表情をしている。平然と言うよりは完全に他人事の様子だ。東条巧巳はそれを察してか、如月いるかにも言った。
「おまえも他人事じゃねえぞ。こっちの山は副会長宛の質問だ。」
と指を指した先には山本春海ほどではないが、紙くずの小山が出来ていた。
「こりゃ、世直しどころじゃねえんじゃねーの?」
はい、おしまい、おしまい。とでも言いたげに両手をパンパンと打ち鳴らした。

「しかし、せっかく頂いた意見ですから、無視するわけにはいかないでしょう。」
「うわっ!びっくりした!」
不意に聞き慣れない声がしたので、如月いるかが驚いた。声の主は、いつの間にか生徒会室にいた曽我部忠彦だった。
「簡単なプロフィールを書いて掲示したらいかがですか?」
「簡単で済めばいいけどな。どうせなら質問に全部答えるんだろ?」
東条巧巳は紙くずの山を指した。ちょっとした意地悪で言っただけだったが、大まじめに全部に答えることになってしまった。
それから数時間、大きな模造紙に極太のマジックペンで新役員のプロフィールを書く作業を続けた。紙くずの山となった意見書を一枚一枚開いて、内容を読み上げ、それに対する答えを模造紙に記述する。
「巧巳のバカ。全部丸めちゃうから手間かかって仕方ないじゃんか。」
意見書を読み上げる係の犬養玉子が怒っている。
「うるせーな。こんなのゴミだと思ったんだよ。」
質問が多い山本春海と如月いるかはもっぱら答える側に回り、回答を模造紙に書き込んでいる。
「春海って字がきれいなんだねー。いるかは、さすがパーマンだな。」
「なんだとー!」
如月いるかが負けじと言い返した。
東条巧巳に対しては、生徒たちにもまだ多少の遠慮があるのか、質問は少なかった。

しばらくして紙くずの山はほぼ全部片付いた。東条巧巳は目安箱に入っていた最後の紙を手にした。先刻取ろうとしたときに、山本春海と如月いるかが現れたので、そのままになっていたのだ。

東条さんの趣味はなんですか?

「お見合いかっつーの。」
東条巧巳は独り言で毒づいた。そしてそのまま考え込んでしまった。
ようやく回答を書き終えた如月いるかが、東条巧巳の背中からのぞき込んだ。
「趣味って、あんた野球大好き少年じゃん。」
「少年って言うな。それに……」
「趣味っていうのは、気晴らしっていうか、気楽に楽しむもんだろ。俺にとって野球ってのは……」
──楽しいだけじゃねえんだよ。
最後は言葉にならずに、再び考え込んでいる。その様子を山本春海がチラリと見ていた。

翌日、生徒会室の壁に新役員のプロフィールと生徒たちから寄せられた質問に対する回答が掲示された。
東条さんの趣味はなんですか?
に対する回答は、
今は野球のことで頭がいっぱいでそれ以外考えられません。
と書かれていた。
まもなく、東条巧巳の野球部復帰が正式に決まった。

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