ストップウォッチ

ぼくは平賀隆志。但馬館の生徒会長だ。
突然だが、「絶対音感」という言葉を御存知だろうか。辞書を引くと「任意の音の高さを、他の音との比較なしに知覚しうる能力。」とあるが、要は世の中にある全ての音がドレミに聞こえる人のことを「絶対音感をもっている」という。絶対音感を持つ人は、救急車のサイレンも学校のチャイムの音も全てドレミファソラシドに聞こえるらしい。
それと似たような言葉で「絶対時感」というものがある。今から1分後、とか5分後とか、ある起点からの経過時間を正確に掴める能力のことだ。
実はぼくは、絶対時感を持っている。人が50M走を走る様子を見れば大体のタイムは判るし、柔道の試合なんかも時計を見ることなく残り時間を言い当てることができる。
自分の頭の中にストップウオッチが入っていると言えば判りやすいだろうか。

「平賀、あたし3分ね。」
「おれ、5分。」
「おれ、4分。」
如月いるか、一色一馬、長門兵衛が、カップ麺にお湯を注ぎ口に箸を咥えながら、平賀隆志に行った。
冬のスポーツ大会が終わった数日後。鹿鳴会と但馬館生徒会はスポーツ大会を総括すべく、但馬館生徒会室に集合していた。
「おいおい、待て待て、お前ら。」
平賀隆志が少し青ざめた顔で呆然としている。
「何でカップ麺にお湯なんか入れている?ぼくに時間を計れと言っているのか?」
「そうだよ。だって鹿鳴会のポット壊れてるんだもん。」
「ここに来たって、お茶ぐらいしか出ねえしな。」
「お茶を出せば充分だろう!!おい、山本なんとか言ってくれ。」
「なんだ?」山本春海は田舎汁粉のカップを持っていた。たまたま、如月いるかと同じ3分だったので、声を出さなかっただけらしい。
平賀隆志は口を開けて呆れかえり、眼鏡を直した。
「わかった、わかった、100歩譲って、うちのポットを勝手に使ってお湯を入れたことは許してやろう。しかし時間くらい自分で計れよ。あそこに時計があるだろう?」
「秒針見るのが面倒なんだよ。お湯はどこに捨てれば良いんだ?」同じく3分のカップ焼きそばを持った太宰進が言った。

なんだかんだ言っても律儀者の平賀隆志は、それぞれキッカリ「3分。」「4分。」「5分。」と教えてやったのであった。

ずるずる、ずーずー、音を立てながらラーメンを啜っている。太宰進は生徒会室の外にお湯を捨てに行った。山本春海は餅を一口噛んだ。
「総括はもう終わったのだから、早く帰れよ。」
「終わったから、飯食ってんだろ。」一色一馬が全く悪びれずに言った。
「飯は自分の学校で食え。」
「だって、鹿鳴会本部の暖房が調子悪いだもん。」如月いるかが言った。
「お前らの学校はポットが壊れてるだの、暖房が調子悪いだの、金が無いのか?」
「さあ?」4人は顔を見合わせた。
「但馬館の方が設備は新しいな。」長門兵衛が周囲を見回した。
「あれだ、外装を昔風に保つ維持費に金かかってんだよ。」給湯室から戻った太宰進が、湯切りしたカップ焼きそばにソースを混ぜつつ、一口食べた。
「設備なんか必要な分が足りてれば良いのさ。現に今回もうちの圧勝だった。」山本春海が皮肉っぽく言った。
「人んちでお湯借りておいて、随分な態度じゃないか。だいたい、お前らは……」
と言いかけたところで、生徒会室の扉が開いた。
「なんなの、このラーメンくさい部屋は!?いつからここは鹿鳴会分室になったのよ。」
入り口には怒りで青筋を立てた藤堂克子が、手に弁当を持って立っていた。

藤堂克子に但馬館生徒会室を追い出された鹿鳴会は、寒空の下を倉鹿修学院に向かって歩いている。
「あの二人って、やっぱり付き合っているのかな。」太宰進が誰に言うともなく口に出した。
「どうだろうね。本人達は隠しているつもりなんじゃないの?」山本春海が少し微笑んだ。
「え!?うそ!?そーだったの!?」
如月いるかだけが目を丸くして驚いている。
――お前って……
鹿鳴会男子4人衆の心の声。3人は山本春海に同情的な目を向けた。この鈍さには後々も苦労するだろう、と。
「そうでもなかったら、役員でもないのに弁当持って生徒会室に来たりしないだろ?」
一色一馬は自分が地雷を踏んだことに全く気づかなかった。
「へえ……、あたし、最近、それにそっくりな話を知ってるんだけど……。」
如月いるかの声が少し震えている。
「関係者以外立ち入り禁止って張り紙があるのに、誰かさんたちは、可愛いからって部外者の女の子を招き入れたよねえ。」
――バカ一馬!!!
3人が一色一馬を睨み、一色一馬は「そんなつもりじゃなかったんだ。」と真っ青な顔で首を振った。

鹿鳴会は倉鹿修学院に着いた。
「いるか、あのな……」
太宰進が何とか取りなそうと声をかけたが、如月いるかの目は倉鹿修学院のグラウンドを見ていた。
「平賀の絶対時感って、生まれついてのものじゃないと思うんだよね。」
「藤堂克子って、足もすごく速いんだよ。」
「たぶん、平賀は何度も藤堂克子のタイムを計っていたんじゃないかな。」
山本春海、太宰進、一色一馬、長門兵衛の4人はお互いの顔を見合わせた。
――お前は、鈍いんだか、鋭いんだか、判らないやつだな。

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「と、ぼくの話はこれで終わりだ。」
「もう、話長すぎー。」茶髪でクセッ毛の少年がうんざり気味で言った。
「ぼくは結構面白かったと思うけど。」大きい図体の割には気弱そうな少年がフォローする。
「おまえ、まさか寝てなかっただろうな。」
「そ、そんなわけないだろ。」長髪の少年と前髪を横に流した少年がつつき合っている。
「先生の経験談はしっかりと参考にさせて頂きます。」つややかな黒髪ショートカットの少女が一礼した。

ぼくは平賀隆志。ある中学校の生徒会の顧問をしている。
5人の生徒会役員を見ていたら、自分の学生時代を思い出し、柄にもなく思い出話をしてしまった。
期せずして、ライバル校の話ばかりをしてしまったが、彼女と彼らの存在が大きかったということだろう。
ぼくの目の前の生徒達も、友達と出会い、ライバルと競い、ちょっぴり恋をすることもあるだろう。
いつまでも色あせることのない思い出をたくさん作れよ。

平賀隆志十番勝負−完−

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