ぼくは平賀隆志。但馬館の生徒会長だ。
平賀隆志十番勝負の第八勝負「犬」は第七勝負「意外」の後編にあたる。前編の内容と今回のタイトルから想像がつくとおり、但馬館の中庭の倉庫には犬がいる。如月いるかはその犬に会いに来ているというのが、「意外」の真相だ。
今回は但馬館の中庭の倉庫で犬を飼うことになった経緯と、その犬の行く末について語ろう。あれは、冬休み明けの数日後の放課後、雪が降り始めたときだった。

平賀隆志は雪が降り始めたことに気づき、傘を開いた。登校した道と全く同じ道を通って帰宅するはずだった。
電信柱の前でしゃがみ込んでいる如月いるかを見るまでは。
そのまま無視して素通りしよう、と無言で通り過ぎようとしたのに、如月いるかに気づかれてしまった。
「平賀じゃん!」
声をかけられたら無視はできない。平賀隆志は諦めた。
「どうして、こんなところにいる?」
「えっへっへ。あの豆大福が忘れられなくて。」
「また買いにきたってことか。他の連中はどうした?」
「練習とか試合とかで忙しそうだもん。春海は暇そうだったけど。でも……まのかちゃんが……」その後は小さい声でゴチャゴチャ言っているので、平賀隆志は聞き取れなかった。
如月いるかが立ち上がると、しゃがみ込んでいた原因がわかった。電信柱の根本にあったのは、小さな段ボール箱。その中には子犬が一頭入っていた。
「捨て犬か。」
「そう。うちに連れて帰りたいけど、じーちゃんが犬嫌いなんだ。」
「それじゃ仕方がないな。」
平賀隆志の言葉が無責任に聞こえたらしい。如月いるかは怒って突っかかってきた。
「ちょっと!雪が降ってるのよ!このままにしたら死んじゃうよ!」
「だったら、どうしろと言うんだ?」
「どうしよう。うちには連れて帰れないし、学校にも連れて行けない。じーちゃん、院長だもん。」
如月いるかは困って立ちつくしていた。平賀隆志は如月いるかの顔を見て、段ボールの中の子犬を見た。そして、ため息をひとつついた。
「但馬館で一時的に預かってやっても良い。」
「え!?うそ!?平賀いいやつじゃん!」
「ちょっとの間だけだぞ。」
「うん、うん、うん、うん。」
実は平賀隆志も小学生の頃に、たびたび捨て犬を拾ってきては、母と四人の姉に叱られていた。捨て犬を見ると放っておけないのは平賀隆志も同じだった。それを大っぴらに言わなくなっただけのことである。
幸い但馬館には自分の裁量で好きに使える倉庫がある。少しの間だけならば何とかなるだろう、と平賀隆志は思った。

それから、如月いるかは晴れの日も雪の日も三日と日をおかずに但馬館に訪れるようになった。
そして今日も、前日に「もう来るな。」と言われたのに、如月いるかはやってきた。
如月いるかは迷うことなく、但馬館の中庭に辿り着き、倉庫の扉を少し開けた。
「わー、昨日の首輪、つけてくれたんだ。」
平賀隆志は、しゃがみ込んで子犬を抱き上げて笑う如月いるかの後ろ姿を見ている。
「もう来るなと言ったはずだが?」
「いいじゃん。バレてないし。」
「良くない。それに……、」平賀隆志は自分の背後に尋常じゃない殺気を感じた。
「おそらく、バレてるぞ、如月くん。」
「え?」振り返った如月いるかの目にうつったのは
「いるか、おまえ、なんでこんなところにいるんだよ?」
コソコソと修学院を出た如月いるかの後をつけてきた山本春海だった。

「春海、なんでここにいるの?」
「”なんで?”じゃねえよ。おまえこそ何やってるんだ?ここがどこだか判っているのか?」
「但馬館でしょ。」
「おまえは鹿鳴会会長だろ。自分の立場がわかっているのか。用もないのに行くな。」
「用はあるもん。あたしが拾った犬に会いにきてたんだもん。」
「どうして、よりによって但馬館に預けているんだ!?」
「鹿鳴会本部で飼いたいって言ったら、春海は許してくれたの!?」
「それは……院長の許しも必要だろうし……」
「じーちゃんは犬嫌いだって言ってるじゃん!」
「とにかく、俺に一言の相談もなく、こんなことするな!」
「どーして、いちいち春海にお伺いを立てなきゃいけないのよ!?」
「修学院と但馬館のロミオとジュリエットなんて聞かされた俺の身にもなってみろ!」
「わけわかんないこと言わないでよ!春海だってまのかちゃんとベタベタしてたくせに!」
「まのかはイトコなんだから当たり前だろ!」
「あーそう。それならあたしに突然イトコが現れてベタベタしても春海は平気なんだね!?」
「イトコがいるのか!?」
「イトコはいるけど?」
「男か女か!?」
「教えない!イトコだったら、ベタベタしても当たり前なんでしょ!?」
山本春海と如月いるかの言い争いは段々話がずれてヒートアップしている。テニスのラリーを見るように二人の顔を交互に見ていた平賀隆志が割って入った。
「山本くんも如月くんも、少し落ち着け。」
「平賀には関係ない!」山本春海と如月いるかは同時に叫んだ。
「ここは但馬館の中庭だ!!ケンカは外でやれ!!」
平賀隆志の怒声でようやく、鹿鳴会会長たちの口論、要するにただの痴話げんかは収束した。

翌日、平賀隆志は校長に呼び出され、「校内を許可無く他校生がうろついてる。」と注意を受けた。
あれだけ大声でケンカをされたら人目にもつくだろうと、平賀隆志は半ば諦めていたが、日頃は品行方正の自分が注意を受けるのは不愉快であった。
しかしながら、軽率に捨て犬を預かってしまった自分への戒めと、沈着冷静な山本春海が狼狽する姿を拝めたことで、甘んじて校長からの注意を受け入れた。

但馬館の中庭の倉庫で飼っていた捨て犬は、平賀隆志と藤堂克子のツテで、あるお店に引き取られた。
「うわー、かわいい。」
「まだ子犬なんだねー。」
看板犬よろしく店の入り口にチョコンと座った子犬の頭を、但馬館の女生徒が撫でていく。そのお店は、豆大福で有名な和菓子屋であった。
如月いるかをはじめとする鹿鳴会が訪れる前から、平賀隆志と藤堂克子はその和菓子屋の常連だったのである。
店内の座席で豆大福を頬張りながら藤堂克子が言った。「まだ甘党だって内緒にしてるの?」
「まあね。」
「1人でおしるこ食べに行ったりしてるのに?」
「男が甘党なんて、恥ずかしくて言えない。」
「案外、山本会長と気が合うかもよ?」
「勘弁してくれ。」平賀隆志は忌々しげにお茶を啜った。

「わん、わん、わん!」
店の前でお客を迎えている子犬が嬉しそうに吠えながら尻尾を振っている。
「おまえ、ここのお店で飼われたんだー?」店の外から声が聞こえた。店の入り口のガラス扉には小さな影と大きな影が映っている。
「ほら、ウワサをすれば。」藤堂克子が二人と子犬の影を指さした。

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