眼鏡

ぼくは平賀隆志。但馬館の生徒会長だ。
ぼくは中学に入る少し前から視力が低下し、中学に入学したときから眼鏡を使っている。眼鏡を外すと、黒板の字はおろか、人の顔の判別も怪しくなる。
だから眼鏡は欠かせないし、値段が張っても良い物を買い、大事に使ってきた。たかが、ノーヒットノーランに驚いて引っ繰り返ったくらいで、割れる代物ではないはずなのだ。ああ、それなのに。
あの夏の野球大会は「写真」を拾ったこともさることながら、大事な眼鏡のレンズを割ってしまったことも、かなり痛かった。
目が見えないはずなのに、よく「写真」を拾ったなって?そういうのを「重箱の隅を突く」と言うのだ。

球場で驚いてひっくり返った拍子に眼鏡のレンズを割ってしまった平賀隆志は、おぼつかない足取りで帰宅した。平賀隆志が玄関の扉を開けると二番目の姉と三番目の姉が出迎えた。
「「おかえりなさい。」」
同時に言った。二人の姉は双子である。
「あら?」二番目の姉が言った。
「どうしたの?」三番目の姉が言った。
「「眼鏡。」」二人でハモって言った。
平賀隆志は見事なハーモニーに脱力した。
「姉さん、ハモらないでもらえませんか。不気味です。」
「べつに、」「「ねえ」」「ハモりたくて」「「ハモってないわよね」」
「はいはい、もう良いです。言ったぼくが間違ってました。」「眼鏡は、今日誤って割ってしまいました。」
「また」「眼鏡を」「「買うの?」」
「コンタクトに」「すれば」「「良いのに。」」
「「隆志くん、ハンサムなんだから。」」
「いいんです。放っておいてください。」
平賀隆志は割れた眼鏡よりも、拾った写真のことが気になっていた。眼鏡は、また買えば良い。家には予備の眼鏡もある。ただし予備の眼鏡は昔に使っていた眼鏡で、度が少し弱い。早めに眼鏡を新調したいと思った。
平賀隆志は家の電話から藤堂克子に電話をかけ、明日、眼鏡を買いに行くので付き合って欲しいと伝えた。かつては姉の目を気にして電話ができない時もあったが、高校生になった今では、少しは堂々とできるようになっている。

翌日、午前中に眼鏡の注文を済ませた平賀隆志と藤堂克子は、眼鏡屋が入っているビルのイタリア料理のレストランで昼食を食べていた。平賀隆志は予備の眼鏡をかけている。
「今はあんまり見えてないの?」サラダをとりわけながら、藤堂克子が聞いた。
「人の顔くらいは判るけど、あの案内板の字は見えないな。」平賀隆志は数メートル先にある、ビルの案内板を指した。
「大変ね。」
「普段は眼鏡をかけているから気にならないけど、眼鏡を取ったときがね。」
藤堂克子はピザをとりわけ、一枚平賀隆志の取り皿に乗せ、一枚を食べた。
「眼鏡で思い出したけど、去年の水練大会覚えてる?」
「ん?あ、ああ、覚えてる。」
「あのときも眼鏡取ってたわよね?」
「水に入るからね。」
藤堂克子は頬杖をついて、少し笑いながらきいた。「あれは、本当に見えてなかったの?」

話は一年前にさかのぼる。武士道水練大会の”早飯は武士のたしなみ”小屋。
”このにぎりめしを一皿食ってからもどるべし”
「もーやだっ」
「そういうなっ江戸時代からの伝統……」
驚愕の山盛りの握り飯。まさに地獄絵図。
折角、トップで通過した平賀隆志と藤堂克子も、握り飯に行く手を阻まれていた。それでも平賀隆志は何とか8割ほど平らげていた。
残りあと数個になって、平賀隆志は藤堂克子の握り飯の皿に手を伸ばした。1個、2個、3個、4個と口に入るだけ頬張った。
「ひ、平賀くん。」それは私のお皿よ、と言ったが、目を白黒させた平賀隆志の耳には入らなかった。そして腹が3倍以上に膨れた平賀隆志はぶっ倒れた。
平賀隆志が目を覚ましたところは、水練大会の仮設医務室に敷かれた敷物の上だった。
「平賀くん、なんでわたしの分まで食べたのよ。そのまま行けば勝てたのに。」藤堂克子は平賀隆志を介抱するために、水練大会をリタイアしていた。
「ぼくは自分の分だけを食べたつもりだったよ。」
「わたしの分も食べてた。」
「あー、眼鏡外してたから、皿の区別がつかなかったんだ。」
そう言うと、横になったまま藤堂克子に背を向けた。

「あー、あれね。うん。」平賀隆志はピザを頬張った。
「どうなのよ?」
「どうだったかなあ。」
「もー。」
平賀隆志は腕時計を見た。
「そろそろ、眼鏡が出来る時間だ。取りに行くよ。」

あのとき、どうしても、君を勝たせたかったんだ。
でも、なんだか照れくさくて眼鏡のせいにしてしまったよ。

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