ぼくは平賀隆志。但馬館の生徒会長だ。
以前もどこかで言ったような気がするが、ぼくはに1〜2週に1回、県立図書館に通っている。市立図書館は館内が狭く蔵書数も少ない。読みたい本が見つからないことも多いので、少し遠くても県立図書館に行くことにしている。県立なので、複数の市から人がやってくる。倉鹿市の山本春海もその一人だった。
顔を見かけても、お互い相手に気づかれないように適度な距離感を保っていたのだが、今日は少し勝手が違った。

平賀隆志と山本春海の手が書棚の同じ本に伸びた。二人とも本を探すのに夢中になっていて、お互いの存在に気づいていなかったらしい。手が触れそうになって、二人して引っ込めた。手が触れて恥ずかしがるような間柄でもないのに、何をやっているのだか。
目があってしまったからには、無視するわけにもいかない。
「今日は、おチビさんはどうしたんだ?」
先に声をかけたのは平賀隆志だった。
「如月いるかのことか?いつも一緒なわけじゃないさ。」
山本春海は書棚に目をやったまま呟いた。その目が少し寂しげに見えたのは平賀隆志の思いこみであろうか。
「そうか。この本、どうする?」二人が同時に取ろうとした本を平賀隆志は書棚から取り出した。「ぼくは急いでいないから、譲っても良いが?」
「俺も急いでいないから……。」平賀隆志が差し出した本をやんわりと拒否した。
「どうかしたのか?」平賀隆志が怪訝な顔をして尋ねた。
「なにが?」緩慢に答える山本春海。
「いつものオーラが無い。」
「オーラってなんだよ?」
「俺様オーラだよ。」
「なんだよ、それ。」山本春海はクスクスと笑った。
本当に様子がおかしいな、と平賀隆志は少し心配になった。宿敵修学院のリーダーであるのに、なぜか平賀隆志は山本春海を憎むことが出来ないでいた。
「ここは図書館だから、ちょっと外に出て話をしないか?」
「話すことなんかない。」
「そう言わずに、休憩だと思って。こういう物もある。」平賀隆志の手に図書館内の喫茶店の飲物無料券があった。

どうしてぼくは山本春海と向かい合って紅茶なんか飲んでいる?
自分で誘っておいて、平賀隆志は首を傾げた。山本春海は無言でコーヒーを飲んでいる。先に口を開いたのは山本春海だった。
「平賀はどうして図書館に通っているんだ?」
「ぼくは、本を読むのが好きなんだ。知らないことを知ることが楽しい。他人が書いた文章を読むのが面白い。そういう山本は?」
「よくわからない。」と言ったあと、顎に手を当て言葉を続けた。「いや、俺も本を読むのは好きだけど、何故だかわからなくなってきた。」
どうして、山本春海はこんなに暗いんだ?いつもの自信満々な態度はどこにいった?
「夢……。」山本春海が呟いた。
「え?」
「夢はあるか?」
「夢って、寝たときに見るヤツのことじゃないよな?」
山本春海は、普段どおりの皮肉混じりの笑みを口元に浮かべた。それを見た平賀隆志は少しホッとした。
「夢はいろいろあるぞ。まずは馬鹿戦で修学院に勝つこと、図書館の本を読み尽くすこと、ぼくが生物部で研究している内容を大学まで継続すること、あとこれはちょっと人に言うのは恥ずかしいが……、」小声で言った。「教師になりたい。」
「へえ……。」山本春海の口元から皮肉な笑みが消えた。
「ぼくは喋った。君も喋りたまえ。」平賀隆志は照れもあって、ふんぞり返った。
「俺は……無い。」
「夢がない?君ほど何でも出来る人間が?」山本春海の言葉があまりにも意外で、平賀隆志は敵を褒めるようなことを言ってしまう。
「だからかもしれない。わからないんだ。自分が何をしたいのか、何をすべきなのか。」
これが器用貧乏というものなのだろうか?何でもできるから、何もやる気にならない。今更そんなことを言い出すのもおかしい気がするが。
「君は、まだ中学二年じゃないか。具体的に夢がスラスラ出てくる方が珍しいと思うぞ。」
「平賀はスラスラ喋った。」だだっ子のような口調だった。本当に今日の山本春海はどうかしている。
「ぼくは中学三年生だ。それにもうすぐ卒業する。」
「そうか、卒業か。」
「お前らも来年卒業だろ?一年はあっという間だぞ。」
「そうだな、来年卒業……か。」
結局、山本春海の瞳は最後まで暗い影を落としたままだった。

それから一ヶ月弱が経過して、平賀隆志が次に見た山本春海は、すっかり今までどおりの山本春海だった。
「平賀!体育用具室はどこだっ!」
血相を変えて(なぜか化粧までして)但馬館生徒会室に殴り込んできた。先日の落ち込み具合と今日の化粧、とうとう気が触れたかと一瞬心配したが、どうやら違うらしい。違うようだが、但馬館生徒と乱闘を始めようとしている。冗談じゃない。
平賀隆志は生徒会室に常備してある竹刀を抱えて、体育用具室まで山本春海を追いかけていった。
「かまわんから、おもいっきり、けいこをつけてやってくれ。」
但馬館敷地内での乱闘騒ぎで、やつらが停学になったら、こちらも気分が悪い。放り投げた竹刀は援護射撃だ。
修学院の生徒に但馬館の生徒がボコボコにされる姿を見るのは気分が良いものではないが、今回はこちらが分が悪い。それに山本春海の普段どおりの姿を見られて、平賀隆志は安心した。

「こういうわけで里見学習院への転入は ご辞退させていただきます!」
ボコボコにした但馬館生徒の山に足を乗せて叫ぶ山本春海の目に迷いはもう無かった。

平賀隆志は体育用具室の付近に集まった修学院の生徒の一人に話を聞いた。どうやら、これから修学院で3年歓送会の劇をやるらしい。主役二人は山本&如月コンビだと言う。これは見に行くしかない。
あのとき、夢が無いと呟いた山本春海が、如月いるかと一緒にどんな夢を見せてくれるのか楽しみだ。
なんて言ったら、キザすぎると笑われるだろうか。

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