溜口

ぼくは平賀隆志。但馬館の生徒会長だ。
但馬館の生徒会はどこぞのスポーツ馬鹿学校とは違い、全校生徒の選挙により役員が選出される。至極真っ当でまともな選出方法だ。
ぼくはみんなから選ばれた生徒会長として但馬館の為に精一杯手を尽くして努力しているし、その功績は一般生徒にも認められていると自負している。自分で言うのもあれだが、全校生徒から一目置かれる存在である。

「平賀生徒会長、この書類に目を通していただけますか。」
「平賀生徒会長、他校との練習試合の日程はこちらで宜しいでしょうか。」
「平賀生徒会長、生徒の間で揉め事が発生しているのですが。」
生徒会室で矢継ぎ早に受ける問い合わせや指示待ち。平賀隆志は顔色ひとつ変えずに、一つ一つの懸案に対して的確な指示を出している。廊下を歩いていれば教師に呼び止められることも多い。
一日の大半を生徒会室で過ごし、教室にいるのは授業とHRのときくらい。教室にいるときでさえ、平賀隆志の気が休まるときはない。休み時間には級友から授業の不明点で質問攻めに遭うことも少なくないからだ。平賀隆志は成績も優秀で、教師よりも教え方が上手いと評判だった。

放課後。
「平賀生徒会長さようなら。」「平賀生徒会長お疲れ様です。」
数々の一般生徒の声に見送られ、平賀隆志は但馬館を出た。そして登校した道と全く同じ道を通って帰宅する。毎日同じ角で曲がり、同じ道を直進し、同じ交差点の横断歩道を渡る。今日もそのはずだった。
「おーい、平賀ぁー。」
如月いるかの脳天気な声を聞くまでは。

空耳だろう。ここは但馬館の通学路だ。修学院の生徒がいるはずがない。如月いるかの幻聴が聞こえるなんて、ぼくもどうかしている。
「色ぼけの山本春海ではあるまいし。」
「誰が色ぼけだ。」
平賀隆志の真後ろに山本春海がいた。
「うわっ!」振り返った平賀隆志は驚いて後ろに飛び退いた。ドン!
「後方不注意だぞ。」太宰進だった。右を見ると一色一馬、左には長門兵衛がいた。
「なんだなんだ、お前ら、雁首揃えて。」「わかったぞ、但馬館の偵察だな!そうはいくか!」
「そんなわけないじゃん。うちらの方が勝ってるのに。」如月いるかが腰に手を当てて、平賀隆志を見上げて言う。平賀隆志は悔しいが事実なので言い返せない。
「だったら、何しにきた!?ここは但馬館の通学路だぞ。」
如月いるかが制服のスカートのポケットに手を入れて、メモ用紙を一枚出して平賀隆志に渡した。「ここに行きたいの。」
メモ用紙には店名と住所が書いてあった。
「平賀、地元民だろ、案内してくれよ。」太宰進が悪びれずに言う。
「この店は……なんか、部活とかと関係あるのか?」メモ用紙から目を離せずに聞いた。
「あると思うか?」一色一馬が言う。
「あるように思えないからきいているんだ。これは和菓子屋の名前じゃないか。」
「おー、やっぱり知っていたか。」長門兵衛。
「ねえねえ、そこの豆大福がメチャクチャおいしいって、ホント?」如月いるかが目をランランに輝かせている。
「ぼ・ぼくがそんなことを知るか!」「だいたい、学校帰りに寄り道して良いと思っているのか!?」
山本春海を除いた鹿鳴会の四人は顔を見合わせたあと、笑い出した。
「いまどき寄り道しちゃいけないなんて言うヤツいたのかー!」
「平賀まじめすぎーーー!!」
「やべ!まじでツボ入った!」
平賀隆志は怒りで震えながら俯いて眼鏡のブリッジを人差し指で押して位置を直した。
「山本、きみは会長だろう、このバカどもを何とかしたまえ。」
「それなら、おれはバカの頭領ってことだ。早く案内しろ。」「あたしも会長だもん。ゴチャゴチャ言ってないで早く連れてってよ。」
「そ、それが人にものを頼む態度か!」
平賀隆志は鹿鳴会を引き連れて某和菓子店に案内せざるを得なかった。

和菓子屋でお目当ての豆大福を山ほど買い、なおかつ口に頬ばりながら如月いるかが歩いている。
「買い食いまでして……。」平賀隆志はあきれ顔だ。
「いちいちうるさいなあ。」如月いるかが口をもぐもぐさせながら、平賀隆志を睨んだ。
平賀隆志は自分の隣を歩いている山本春海に小声で言った。「鹿鳴会はまるで無法地帯じゃないか。どうにかならんのか?」
「どうにかできるならば、鹿鳴会に会長は二人もいない。」
「それもそうだな。」青ざめたり、怒ったり、あきれたりしていた平賀隆志がようやく笑った。そして山本春海も含み笑いをした。
「今日は、おまえらに振り回されて散々だったよ。」
「たまには良いんじゃないの?生徒会長様にも息抜きは必要さ。」太宰進が後ろから声をかけた。
「息抜きしたのはおまえらだろう?だいたい……」
「まあまあ、説教はそれくらいにして、平賀にもこれやるから勘弁な。」一色一馬が豆大福の包みを平賀隆志に渡した。

鹿鳴会の連中と別れて、平賀隆志はようやく日常の帰り道に戻った。
歩きながら、ガサゴソと包みを開けて、豆大福を一個取り出した。大きく口を開けて頬張ってみた。
寄り道するな
買い食いするな
いろいろ説教くさいことを言ったが、一つだけ言わなかったことがあった。

溜口きくな

今に始まったことではないからね。

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