第9話 元気

倉鹿修学院高等部に進学した大川博美は、中等部の三年間ずっと同じクラスだった日向湊と別のクラスになった。その代わりと言っては語弊があるが、太宰進と同じクラスになった。
同じクラスになってみて、改めて気づいたことがある。それは太宰進が女生徒に人気があるということ。
家庭科の調理実習で作ったお菓子の差し入れや、移動教室で廊下を歩くときに待ち伏せされたりと、毎日せわしない。同じ教室にいるからこそ目につくことがたくさんあった。
中等部時代に人気を二分していた山本春海は今は東京の空の下。一色一馬も長門兵衛もそこそこ人気はあるが、ルックスや頭の中身や人当たりの良さもあり、太宰進は頭ひとつかふたつ分ほど飛び抜けて人気があった。
夏休みを間近に控え期末テストの結果が発表された日、教室の入り口で女生徒がモジモジと中をうかがっている。それに気づいた大川博美が隣の席の太宰進に声をかけた。
「ねえ、また誰かきてるよ。」
「俺かどうかなんて、わかんないよ。」
「たぶん、太宰君だと思うけどなー。」
「あんなところからチラチラ見られてもねえ。」
太宰進の素っ気ない態度は女生徒に同情する反面、大川博美をホッとさせる。
太宰進と普通に会話ができる自分にちょっぴり優越感を持ったりもする。
でも……、
女の子にモテて嬉しくない男の子なんているわけがない。
それが全く他人事な態度でいられるのは、心の中に大事な人がいるから。
大川博美が少し舞い上がるたびに、いつも頭をよぎるのは如月いるかの顔だった。
「ふう、いるかちゃん、元気かなあ。」
大川博美が机に突っ伏してつぶやいた。
悲しいかな、如月いるかは大川博美の大事な大事な親友だった。ヤキモチをやくことも、妬むこともできなかった。
「なに机に這いつくばってるんだよ。もう、放課後だぞ。」
大川博美の気持ちになど気づく様子もない太宰進が、カバンに教科書やノートを詰めながら声を掛けた。
「おれ、ちょっと兵衛と約束あるから。」
「ふわーい。バイバイ。」
机に突っ伏したまま答えた。

教室で別れた大川博美と太宰進だったが、まもなく駄菓子屋で再会した。
駄菓子屋には毎度の顔なじみの面子、太宰進、一色一馬、長門兵衛、出雲谷銀子、伊勢杏子、日向湊、大川博美がいた。
話題になるのは、やはり如月いるかと山本春海のこと。二人の活躍ぶりと共に、伊勢杏子が耳にしたあぶないウワサを皆に知らせた。
「どうする?」
「どうするって、どうにかしなきゃ。」
7人は顔を見合わせた。そうこうしているうちに、大川博美が皆の顔を見回しながら言った。
「みんなで東京に応援に行こうよ!」
大川博美は続けて言った。「何も無ければ何もないに越したことはないし。久しぶりに二人の顔が見たいよ。」
「いるかちゃんと山本くんが夏休みにこっちに来ないならば、わたしたちが会いに行けば良いもんね!」
日向湊も同調した。出雲谷銀子と伊勢杏子も頷いた。
「そうだね。念のために如月院長にも相談してみよう。」太宰進が提案した。
「いつかの剣道大会の時みたいに、超法規的手段を使ってくれるかもしれないしな。」長門兵衛が言った。
「普段では考えられないような、すごい手をな。」一色一馬も破顔した。
大川博美は更に続けて言った。
「それにね、いるかちゃんと山本くんが一緒の競技に出るなんて初めてじゃない?」
「そういえば、そうだな。スポーツは男女別れてるし、陸上オリンピックは敵同士だったもんな。」
「だから、応援したいんだ。」
大川博美が空を見上げて、独り言のようにつぶやいた。
如月いるかと山本春海の元気な姿が見たい。
修学院時代の仲間たちが揃って東京に行った理由は、そんな単純なものだったのかもしれない。

太宰進が如月院長に駅伝大会の件を相談すると、あれよあれよという間に話が大きくなり、バスを数台借り切って東京までの足とするほどになった。如月院長も可愛い孫の晴れ姿を見たかったらしい。
駅伝大会当日。
如月いるかと山本春海を逆恨みする人間の妨害工作により、アクシデントが続発したものの、駅伝のバトンであるタスキはアンカーの如月いるかの手に渡った。
太宰進からタスキを受け、疾走する如月いるかの目に沿道で応援する人々の姿が映る。高校の友だち、六段中時代の友だち、
そして最後に映ったものは、修学院時代の仲間たち。
「いるかちゃーん!」
「如月会長ー!」
いるかちゃんと呼ぶ友だち、如月会長と慕ってくれる仲間たち、おばちゃん、次々と如月いるかの目に飛び込む。
そして如月いるかは、仲間たちの見守る中、ゴールのテープを切った。

「春海好きよ あたし春海のこと世界でいちばん好き」
長門兵衛に支えられ、やっとのことで歩く山本春海を、瀕死状態と勘違いした如月いるかが大観衆の注目の中叫んだ。
如月いるかに優勝インタビューをしようとマイクを持ったまま真っ赤になったマスコミの近くで、大川博美らもまた、赤くなっていた。
「相変わらずダイタンなヤツだ。」
出雲谷銀子がいつかのサッカーの練習試合後を思い出したように、呆れてつぶやいた。
伊勢杏子はニヤニヤしている。
大川博美は、自分の隣にいた太宰進の顔を見上げた。
「あいつ…、死にそうにならないと、好きだって言ってもらえないのかもな。同情するぜ。」
そう言って、彼はクスッと笑った。
その彼の顔を見て、大川博美もまた、にっこりと笑った。

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