第5話 肉まん

中学2年の冬。
初雪が舞い散るなか、山本まのかが倉鹿にやってきた。
春の嵐のようにやってきた如月いるかとは全く正反対の彼女は、如月いるかが当たり前のようにいた山本春海の隣のポジションを、いとも簡単に奪い取った。
「いるかちゃん、おちついてーっ!」
大川博美は、激怒する如月いるかを何度抑えたことだろう。

大川博美は山本まのかが嫌いだった。
「自分だって、先月やったくせに、大観衆の注目の中で。」
日向湊の言葉はその通りだが、あのときはみんなで大笑いできた。山本春海の真っ赤な顔も、元は自分の天敵だったと思うと、面白くて仕方がなかった。
なのに今回はちっとも笑えない。見ていて嫌悪感をいだく。如月いるかの抑えに回っていなかったら、自分が山本まのかを殴っていたかもしれない。
山本まのかの視界には山本春海しか入らず、自分と日向湊が学校案内をかってでたのも、無下に断った。
あまりにも恋に露骨で自分中心の行動は、大川博美を苛立たせた。
しかし、大川博美は自分の不機嫌さを表に出さないように気をつけていた。今回の騒動で、最も怒り、最も辛い思いをしているのは如月いるかなのだから。

「キャプテン、眉間にしわがよってますよ。」
ソフト部のグラウンドで大友澪に指摘されて、大川博美は人差し指で強ばった眉間をマッサージした。いけない、いけない。
試験期間で部活動停止中だが、自主練習までは制限されていない。ソフト部では半分くらいの部員が、放課後に1時間ほど練習している。
本格的な守備練習や打撃練習はせず、キャッチボール程度ではあるが、ボールやグラブの感覚を忘れないためには充分だ。
自主練習で集まった5人は、寒さで固くなった体をほぐすために押しくらまんじゅうを始めた。
「おしくらまんじゅう、おされてなくな。」
腕を組んで歌いながら、背中合わせに押し合う。だんだん体が温まってきて楽しくなる。
「如月、会長、だいじょうぶですか?」
「すごい、可愛い子が、入ってきたんですよね?」
歌いながら、部員が口々にきいた。ソフト部の中では鹿鳴会会長二人は公認の仲になっている。心配するのも道理だ。
「かわいいけど、むかつくよ。」
「キャプテンが、他人のことを、そんなふうに、言うなんて、めずらしいですね。」
「そうかな。」
それから一時間ほどでソフト部の自主練習は解散した。

期末試験が終わり、驚異的にひどい結果だった如月いるかは、補習スペシャルの代わりに山のような宿題を提出する羽目になった。山本まのかに張り合う余裕もないほどに、如月いるかは追い詰められた。
山本まのかは山本春海と登下校を共にし、毎日のように山本春海の案内で、倉鹿の町を出歩いていた。山本まのかが山本春海の腕にすがりつくようにして歩く姿を、大川博美と日向湊は何度も見た。
如月いるかは宿題を終わらせるために、終業のチャイムと同時に学校を飛び出しているので、そのことを知らない。
もしも知っていたら、いるかちゃんはどうするだろう?
教室で山本君に抱きついたときのように怒る?
それとも……
大川博美が下校中に、ぼんやりと考えながら歩いていたら、松前堂の前を通りがかった。
松前堂は夏は羊羹やかき氷を売り、冬には肉まんを売る店で、修学院の生徒の寄り道場所の一つであった。
松前堂の「肉まんはじめました」の張り紙の横で、太宰進、一色一馬、長門兵衛が肉まんを頬張っていた。
「学校帰りに寄り道してるー。」
大川博美が立ち止まって、3人を指さした。
「堅いこと言うなよ。テストも終わったんだしさ。」
一色一馬が苦笑いした。
「山本君は……?って、どうせあの子と一緒か。」
「そう。」
太宰進が答えた。
――「ちょっと、あの子どうにかなんないの?」
――「山本君も山本君よ、何であんなにデレデレしてるの?」
言いたいことは山ほどあるけど、何一つ口には出せなかった。
目の前の3人だって、あの子に山本春海を取られたという状況は同じなのだから。
そう思いきや、
「まのかちゃんってかわいいよな。」
「なんかこう、はかなげでさ。」
「うんうん、女の子って感じだよね。」
大川博美の思いをよそに、3人は勝手に盛り上がっている。
頭に来た大川博美は、古い木製の電信柱を思いっきり蹴飛ばした。
蹴飛ばされた電信柱の振動で、電線に積もった雪が3人の頭上に降り注いだ。
「ふん!男ってバカねー!」
捨て台詞を言い残して、3人に背を向けた。
のしのしと歩いていく、大川博美の後ろ姿を呆気にとられた3人が見送った。
「大川ってあんな性格だっけ。」
「いるかの友だちだからね。多少は……。」
「類は友を呼ぶってやつか。」
「朱に交われば赤くなるとも言うぜ。」
太宰進が、雪で濡れた肉まんを名残惜しそうに眺めながら呟いた。「いるかといえば、前にここ来たとき、冬になったら肉まん食べたいなんて言ってたな。」
「よく覚えてんね、進。」
「まあね、」
太宰進は残りの肉まんを一口で食べきった。

如月いるかは超人的なパワーで宿題をクリアし、執念で雪山ツアーに参加した。
その帰りのバスの車中。足をケガした山本春海は、行きのバスで如月いるかが寝そべった後部座席で横になり、足を伸ばしている。その側には山本まのかが座っていた。
「ちょっと、いいの?いるかちゃん。」
大川博美が小声できいた。
「うん、いいんだ。」
如月いるかの瞳には、嫉妬も怒りもなかった。ただ、静かに前を向いているだけだった。
山本まのかも行きのバスのように、春クン春クンとキャピキャピ騒ぐことはせず、静かに座席に座っていた。
夜を徹して待ち続けたみんなも、睡眠不足でグッタリしている。
大川博美の隣に座っていた如月いるかが間もなく寝息を立て始めた。
「いるかちゃん、ねちゃった?」
如月いるかの返事はない。
大川博美は身を乗り出して、如月いるかの横の窓のカーテンを閉めた。
「いるか、ねた?」
真後ろの座席の太宰進が小声で大川博美に尋ねた。
「うん。やっぱり疲れてるみたい。」
「そうだな。おれもねるよ。」
ふわーっとアクビする声がして、太宰進が自分のイスの背もたれに寄りかかる気配を感じた。
太宰進のちょっとした気遣いを目にするたびに、大川博美は何とも言えない気分になる。
いっそのこと、如月いるかが山本まのかみたいな女の子ならばよかったのに、とも思う。
そうすれば、思いっきり嫉んだり、羨んだりできるのに。
でも、太宰進は、そんないるかを好きにはならないだろう。
そして自分も、そんないるかを好きになる太宰進に惹かれることもないだろう。

大川博美の隣でスヤスヤ寝息を立てている如月いるか。行きのバスのような悪夢は見ていないようだ。
「肉まん……むにゃむにゃ。」
「ありがとねん。」
にんまり笑った無防備な笑顔に、大川博美はドキッとしてキョロキョロ周囲を見回した。
こんな笑顔、わたしが見ちゃっていいのかしらね?
山本くん、太宰くん。

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