第4話 線

大川博美が如月いるかに恩返しをする機会は、暑い夏が過ぎて初秋の頃に訪れた。
お昼休みに、太宰進が2年雪組の教室の入り口で、大川博美と日向湊を呼んだ。
二人揃って教室の入り口に行き、大川博美はグッと身構えた。
「今度は何!?予算削減?それともグラウンド没収?」
大川博美の隣で日向湊が苦笑いした。
「そんなんだったら、わたしは呼ばれないって。」
「それもそうね。」
太宰進もクスクス笑っている。
「鹿鳴会に長髪で顔に傷があるやつがいるだろ?あいつに、いるかの友だちを連れてこいって頼まれたんだ。だからソフト部は関係ないよ。」
一色一馬は剣道部でもあるので、日向湊とは既に顔なじみだ。太宰進は大川博美のために説明したのだろう。
「いるかの友だちといえば、君たちの顔が浮かんだんでね。」
如月いるかやってきてからというもの、以前ならば、いがみ合ったり口も聞かなかった者同士が、みるみる繋がってゆく。
点と点が大川博美や鹿鳴会、それをを結ぶ線が如月いるかであるように。

一色一馬が人をかき集めた目的は、サッカー同好会のために私設応援団を作ることだった。
お節介でお調子者の一色一馬は、長門兵衛がサッカー同好会に協力するのを見て、自分にも何かできないか、と考えたのだった。
大川博美も日向湊も私設応援団を作ることに諸手を挙げて賛成した。
「応援といえば、学ランよね!」
「学ランは、鹿鳴会本部にあるぞ。昔なんかで使ったやつが。」
几帳面に備品を管理する長門兵衛が答えた。
「じゃあ、放課後に鹿鳴会本部に集合ってことで。」

放課後、ソフト部員と有志の面々が鹿鳴会本部に集まった。
長門兵衛が奥の棚から風呂敷包みを持ち出した。長机の上で風呂敷を開くと、中には倉鹿修学院の学ランが何着かあった。
その学ランを見た途端に、ソフト部の面々が、キャプテンである大川博美を押しのけて、学ランに群がった。
「うわー!学ランだー!」
「これ、憧れてたんだよね!!」
「やっぱり修学院の学ランって格好良いよ!」
大川博美が呆気にとられている間にソフト部の面々に全て奪われ、風呂敷の中の学ランは無くなった。
「ひどいよ、みんな!」
「こーいうのは早い者勝ちなんですよ、キャプテン。」
髪の毛を二つに縛ったぐるぐる眼鏡が言った。
「ちぇっ。いいよ、セーラー服で応援するから。」
「おれ、余分に一着持ってるから、貸そうか?」
太宰進が言った。
「入学前に背丈にピッタリのを買って、すぐに入らなくなったヤツがあるんだ。」
言われてみると、入学後まもなくグランドの前で逢ったときには、今よりも随分背が低かった気がした。
「サイズも大川に丁度良いと思うよ。」
「あ、ありがとう。」
大川博美が鹿鳴会の人間にお礼の言葉を言ったのは初めてかもしれない。
予算会議では散々いがみあい、ソフト部が廃部を免れてグラウンドの鍵を貰ったたときにはお礼を言いそびれた。
一瞬の間に、そんなことを考えていたら、周りのソフト部員が騒ぎ始めた。
「キャプテンずるい!」
「あたしも太宰先輩の学ラン着たいー!」
大川博美が腰に手を当てて怒った。
「あんたら、調子良すぎるよっ!!」
鹿鳴会本部が笑いで包まれた。
同じく学ランを取りそびれた日向湊に一色一馬が声を掛けた。
「お、おれも一着持ってるよ。」
「わたしは兄貴のお古があるから、結構。」
「そ、そーですか……。」

翌日に大川博美は太宰進から学ランを借りた。そのついでに、気になったことを聞いてみた。
「山本君、どうしちゃったの?」
「どうしたって、何が?」
「いるかちゃんに対する態度。なんだか、すっごく不自然。」
大川博美の口調に、かつての刺々しさは無くなっていた。もう、鹿鳴会は敵ではないと、ようやく実感したのだろう。
「あいつは、昔からちょっとわからないところがあったけど。
それでも、最近はずいぶん行動が判りやすくなっていたんだけどな。」
「山本君をそう変えたのは、いるかちゃんだよね。」
「あの子には人を変える力があるよ。
春海には言わなかったけど、あの子の影響を一番受けたのは春海じゃないかな。
ホントに素敵なヤツだと思うよ。」

チクリ。

大川博美は自分の胸にかすかな痛みが走ったのを感じた。
しかし、それが何の痛みであるかまでは、まだ気づかなかった。

 

倉鹿修学院の女子サッカー同好会と但馬館の女子サッカー部の練習試合当日。
観客席は満席でマスコミの姿もチラホラ見える。事実上の決勝大会という前評判さながらだ。
いるかや銀子のことだから、観客の多さがプレッシャーになるとも思えないが、私設応援団の意気はますます上がった。
しかし観客席に山本春海の姿はない。
太宰進は競技場のベンチのある一点を見つめている。
それに気づいた大川博美が太宰進の視線を追った先には、如月いるかがいた。
山本春海を探してキョロキョロと観客席を見る如月いるかを見て、太宰進の目がせつなそうに歪んでいる。
大川博美は自分の恋する気持ちより先に、太宰進の想いに気づいてしまった。
太宰進自身も気づかないくらいの、かすかな想いに。

山本春海は後半戦が始まる頃になって、ようやく姿を現した。
寂しいのに、それを言えずに意地を張っていた如月いるかを見続けた大川博美は、一言いってやりたい気持ちをグッと堪えた。自分が口を挟むようなことではないと思ったからだ。
しかし、山本春海がサッカー部の解散を認めた理由をとうとうと述べても、大川博美は納得できなかった。
サッカー部の解散を認めた理由はわかった。しかし、それは如月いるかに冷たい態度を取る理由にはならないと思った。
ソフト部を潰そうとしたくせに、困っている如月いるかの手助けをしたではないか。
それなのに、どうして今回は必要以上に無関心な態度でいたのか。
その答えは、太宰進が如月いるかだけに、そっと伝えた。

練習試合は倉鹿修学院の勝利で幕を閉じた。
最後のシュートで頭を打ち脳しんとうを起こした如月いるかを心配して、山本春海がかけつけた。
山本春海に揺り起こされ、まぶたを開けた如月いるかは、半泣きで山本春海に抱きついた。
大観衆の目の前で抱きつかれた、山本春海の真っ赤な顔を見て、大川博美は笑いが止まらなくなった。
ソフト部のメンバーも笑っている。日向湊なんか誰に対して言ってるのか「ザマーミロ。」と叫んでいる。
笑いながら、ふと隣の太宰進を見たら、彼は笑ってはいなかった。

太宰君は、いるかちゃんが好き。
誰よりも早く、その確信をもってしまったのは、自分の恋心に気づいた大川博美だった。
それと同時に、太宰進の想いと大川博美の想いは決して交わらない平行線であることにも、気づいていた。

すきま物語小説目次