第3話 一言

月日は流れ、大川博美が率いるソフト部は、これといった実績を挙げられないまま新年度を迎えた。
5人の1年生は全員2年生になり、新入部員も4人増え、ようやく部員だけでソフトボールの試合が出来る人数になった。
しかし相変わらず試合に勝つことも勝てる見込みもなく、それを見かねた鹿鳴会が下した判断は廃部。
それを阻止すべく如月いるかが、更に出雲谷銀子もソフト部に加わった。

ソフト部の存続を掛けた馬鹿戦を三日後に控えた午後。
如月いるかが授業をサボって空き缶相手に投球練習をしている頃、大川博美と出雲谷銀子もまた授業をサボりソフト部部室にいた。
「授業をサボらせちゃってごめんね。」
「気にすんな。あたしが授業をフケるのは、いつものことさ。あんたが自分から授業をサボる方が驚きだよ。」
「放課後の空いた時間は、全部練習に使いたいから。」
そう言って、大川博美は机の上に打順表と守備表を広げた。
「ピッチャーがいるかちゃん、キャッチャーは銀子さんは確定ね。あとは適正と思われるポジションに配置したつもり。」
「ファーストとサードが空いてるけど。」
「わたしがどっちに入るか迷っているの。強打者が揃っているチームを相手にするなら、サードに入るのが定石なんだけど。」
と言って、出雲谷銀子の意見を求めるように、顔を上げた。
「いるかの球のスピードならば、大抵の打者は振り遅れてサードには飛ばないだろうと?」
「そう。それに、いるかちゃんは投手経験も浅いから、打球処理に慣れてないし。」
「そうだな。大川はファーストに入った方が良いかもしれないね。」
「守備はこれで決まりね。」

大川博美はノートを一冊、出雲谷銀子に渡した。
「但馬館の打者の特徴と得意なコース。去年のデータだけど。」
出雲谷銀子はノートをめくった。
「よく調べたね。」
「それが全然結果に出てこないのが悲しいところなんだけど。」
大川博美が苦笑した。
「データを上回る圧倒的な力の差ということね。」
出雲谷銀子も苦笑した。弱小のソフト部なんかハナからバカにしていたが、人目につかないところで努力はしていたらしい。
「それにしても、いるかのやつ、ストライクとボールくらいは狙って投げられないと、話にならないぞ。」
「それは、わたしも心配してる。でも、どう教えれば良いのか判らなくて。わたしの投手経験なんて、いるかちゃんの才能に比べたら全然比較にならないし。」
それはちょっと悲しいセリフだな、と出雲谷銀子は思いつつも、何も言わなかった。
「1人だけ、いるかに教えられる人間に心当たりがある。自分も投手をやってて、速球派で、知識も経験もある人間が。」
「あ……。」
大川博美にも思い当たる人物が浮かんだようだ。
「でも、そいつがソフト部に協力するなんて、120%考えられないんだよな。」
「そうね。」
なにかの奇跡でも起こらない限りはー。
ところが、放課後になると、如月いるかは完璧ではないが、ストライクとボールくらいは投げ分けられるコントロールを身につけていた。
驚いた大川博美と出雲谷銀子が理由を尋ねても、如月いるかは適当にごまかすだけで、ハッキリとは答えなかった。

馬鹿戦の前日、大川博美が急ぎ足で校舎の廊下を歩いていると、呼び止められた。
「大川……さん?」
鹿鳴会の1人の太宰進だった。大川博美がまともに言葉を交わすのは予算会議以来になる。
「なんですか?」
大川博美にとっては天敵の鹿鳴会。自然に言葉も堅くなった。
「明日の試合、鹿鳴会も見に行くことになったよ。」
「そうですか。」
「学校で用事を済ませてからだから、少し遅れるかもしれないけど。」
「試合結果さえわかれば良いと思いますから。」
どうして、こんなに刺々しい話し方をしてしまうのか、大川博美自身も不思議だった。
「期待してるから。春海もそう言ってたよ。」
「がんばります。」
そう言い残して、太宰進に背を向けて大川博美は歩き始めた。

そして馬鹿戦当日。
ソフト部部員のヘボさは今までとあまり変わりなかったが、如月いるかと出雲谷銀子の活躍のおかげで、倉鹿修学院の勝ち越しで最終回を迎えた。
7回裏、4対3で倉鹿修学院が1点リード。一打同点、ホームランならば逆転サヨナラだ。
ソフト部部員にハッパをかける如月いるかが、山本春海に強引に腕を引かれ、医務室に行った。
5回裏に折れたバットでケガをした右腕が、相当痛んでいたらしい。
「リリーフを出せ。」と言う山本春海に、如月いるかは「あたしがでないとあのこたち絶対に負けちゃう!」と答えた。
「一回でも勝てば、修学院の恥だなんて言われないようになるんだ。」と。
大川博美は医務室の扉に張り付いた他の部員からは離れた所で、医務室内の様子を伺っていた。
如月いるかの一言一言が胸につきささる。
ケガの痛みを堪えて投げる彼女に「あたしがでないと……」と言わせてしまったのは、わたしだ。
痛いだろうに、辛いだろうに、あんなになるまで気づかわなかったのも、わたしだ。

一生懸命やっているつもりだったけれど、
弱小クラブであることに甘えていたのかもしれない。

一生懸命やっているつもりだったけれど、
「どうせ負ける」って、思っていたのかもしれない。

今年はあきらめて来年期待すると言ったけれど、
今年、全力を尽くさなくて、どうして来年がんばれるの?

いるかちゃんは痛みを堪えて、ソフト部を守ろうとしてる。
わたしたちが、体を張ってがんばらなくて、一体どうするの?

「みんな!!」
大空の下に大川博美の声が響いた。
「たとえグラブでボールがとれなくても、体で取るのよッ!」

 

馬鹿戦の翌日、放課後にソフト部の部室に向かう大川博美は山本春海に呼び止められた。
山本春海は大川博美に鍵束を渡した。大川博美は不思議そうな顔で鍵束を見つめている。
「野球部の補欠が使っていたグラウンドのフェンスの鍵だ。」
「え?どういうこと?」
「今日からソフト部に明け渡す。好きな時間に使って良い。」
「え!?え!?なんで!?」
「ソフト部が廃部にならなかった以上、修学院の恥だなんて言われるようでは困るからな。」
大川博美は事態の成り行きを理解できずに、口を大きく開けている。
「道具を磨いてばかりいないで、道具を使って練習しろ。」
そう言い残して、山本春海は去った。

大川博美は山本春海の後ろ姿を見て、鍵束を見て、右手の人差し指をこめかみにあてた。
わたしがあんなに予算会議で頼んだときには、全然相手にもしなかったのに。
大川博美が段々小さくなる山本春海の背中を見つめていると、山本春海が廊下の右側を向いて、何かを喋っている姿が見えた。
そして、廊下の曲がり角から出てきたのは如月いるか。
そっか、そういうことね。
大川博美は踵を返し、会長二人に背を向けて、ソフト部の部室に向かって歩き始めた。
いるかちゃんに投球を教えたのは、きっと山本君。
いるかちゃんのケガに気づいて手当をしたのも山本君。
太宰君に「期待している。」と言ったのもウソじゃなかったみたい。
ソフト部のみんなに教えてあげよう。
ソフト部にいるかちゃんがいる限り、ソフト部は安泰だってね。

いるかちゃん、ありがとね。
いつかきっと、おんがえしするからね。

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