第1話 出逢い

大川博美は1983年4月に私立倉鹿修学院に入学した。
幼い頃から体を動かすことが好きだった彼女は、中学までは公立で良い、との両親の反対を押しきって、スポーツ名門校の倉鹿修学院を選んだ。

入学式の翌日には、クラブ活動の勧誘が始まり、その活発な勧誘で校門から教室までたどり着くのに一苦労なほどだった。
教室に入るとクラスメイトの日向湊が既に登校していた。二人は小学校時代からの友だちだった。
「おはよう!一緒のクラスでよかったね。」
日向湊を教室で見つけて嬉しそうに笑って、大川博美は挨拶をした。
「うん。校門で勧誘すごかったね。」
「クラブ決めた?」
「うん。湊は?」
「わたしは剣道。昔からやってたし、好きだから。博美は?」
「ソフトにしようと思ってるんだ。」
それを聞いて日向湊は怪訝そうな表情になった。
「ソフト部の勧誘見た?」
大川博美は首を振った。
「ちょっとほかのクラブとは違う雰囲気だったよ。」

日向湊の言葉は気になるが、中学でソフトを始めるのは入学前から決めていたことだった。
大川博美の父親は野球好きで、弟たちはみんな少年野球のチームに入っていた。大川博美はそれを横目で見ながら、自分もボールやバットを使って遊びたいと思っていた。実際に、自宅や近所で弟たちの練習の面倒を見ることもあった。
しかし近隣の中学校には女子野球部はなく、野球部に入ることを諦めざるをえなかった。
大川博美は男子野球部のマネージャーになるよりも、競技は違っても自分が体を動かすことを選んだ。
「とにかく、見てみないことには、始まらないわ。」
不安を振り払うように、放課後にグラウンドに行った。
練習風景を見れば、どんなクラブかわかるはずだと思った。

「変だな。」
大川博美はグラウンドのフェンスに両手をかけ、中を見た。中には誰もいなかった。
周囲を見回すと、隣はサッカー部のグラウンド、奥にはラグビー部のグラウンドが見えた。
大川博美の横を、帽子を目深に被った野球部のユニフォームを着た男子生徒が通りかかった。
「すみません、ここはソフト部のグラウンドですか?」
男子生徒は立ち止まった。
「違うよ。」
声変わり途中の少年と青年が入り交じった声で答えた。
「ソフト部のグラウンドがどこにあるか教えてもらえませんか?」
「ここ。」
目の前のグラウンドを指さした。
「さっき、ここはソフト部のグラウンドじゃないって言ってたじゃないですか?」
「今は野球部のグラウンドだけど、7時からソフト部のグラウンドになる。」
「は?それってどういう……、」
大川博美は状況を飲み込めなかった。男子生徒は大川博美の疑問を遮るように尋ねた。
「君、新入生みたいだけど、ソフト部希望なの?」
「そうですけど。」
「それはご愁傷様。」
帽子を脱いで嫌みたらしく頭を下げた。
「ちょっと!どういう意味ですか!?」
普段ほがらかな大川博美もさすがにムッとした。

「ごめん!」
大川博美と男子生徒の間を割るように、サッカー部のユニフォームを着た男子生徒が現れた。
「こいつ、口が悪いんだ。そんなに悪気は無いと思うから、許して。」
大川博美の前に現れた男子生徒は、申し訳ない、と両手を合わせて頭を下げた。
これからクラブに入部しようとする人間に向かって「ご愁傷様」はあまりにも酷すぎる。
野球部のユニフォームを着た男子生徒は自分の言葉の酷さに気づいているのかいないのか、帽子を被り直した。
「ぼくも、こいつも新入生なんだ。春休みから練習に参加してたから、クラブの事情をちょっと知ってるだけ。」
サッカー部のユニフォームを着た男子生徒がフォローを続けた。
「そう。ソフト部の事情って?」
男子生徒の人当たりの良さに、大川博美はようやく怒りの表情を解いた。
「すごく、弱いらしいんだ。創部以来、勝ったことがないって。」
野球部のユニフォームを着た男子生徒が二人の会話に興味がなさそうに、グラウンドに向かって歩き始めた。
「太宰、こんなところで油を売ってるなよ。」
「なんだよ、最初に立ち止まったのは春海だろ。」
サッカー部のユニフォームの男子生徒の抗議の声は小さく、先を歩く男子生徒に届いたかはわからなかった。
「ぼくは太宰進、サッカー部に入った。あっちのあいつは山本春海、野球部なんだ。」
大川博美はユニフォームを見りゃわかるわい、と思ったが、黙っていた。
「それじゃ、またね。」
後ろの様子も気にせずに足早で歩く山本春海の後ろを、太宰進が追いかけた。

この出逢いが、4年もの間、自分の胸をせつなく締めつける日々の始まりであることを、大川博美はまだ知らない。

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