クリスマスプレゼント

クリスマス間近。クリスマスソングとディスプレイに街が色づく頃、期末試験を終えた里見学習院の生徒達もクリスマスに浮き足立っていた。
進学校といえども、高校生たち。勉強もするが、イベントだって楽しみたい年頃だ。
1年1組の教室で一子とケイが如月いるかに尋ねた。
「山本くんに何をあげるか決めたの?教えてー」
一見、粗野で粗暴な如月いるかは彼氏もち。しかもその相手は学校内、いや日本の高校生きってのエリートで二枚目。周囲はその動向に興味津々である。
「な、なにって……!!」
いるかは暫く考え込んだあと
「どうしよう!?」と叫んだ。
「長い付き合いなんでしょ?好みくらい知ってるんじゃないの?」
「いや、実は、それもよくわかんないし……」
身の回りの物は学校指定だし、私服は妙におっさん臭いときもあるし、好きなのは野球?
いやいや、それ以前に……
「”お金で買えるものは、いらない”って言われたんだあぁぁ!!」
一子は絶句し、ケイは飲みかけのジュースを噴いた。
お金で買えないということは、体で払え的な?
けしからん想像をしてしまう。しかし、いるかが出した答えは
「やっぱり肩たたき券しかないよね!?」
「なんでじゃ」 「母の日のプレゼントじゃあるまいし」

傍らで何となく耳を傾けていた晶が口を挟んだ。
「手作りはいいアイディアだと思うけどね。手編みは?」
「む、無理だよ!!セーターなんて編めない!」
いるかが首を横に振る。
「いきなり、そんなハードル高く上げないわよ。マフラーなんてどう?真っ直ぐ編むだけだし。
 手作りを贈れるのは彼女の特権よ」
「あー確かに」 「付き合ってない子からの手編みは重いよねー」
青い顔をしたいるかをよそに、ケイと一子が答えた。

いるかも、ようやく「そっか」と呟いた。
「少なかったバイト代も毛糸を買うお金くらいはあるし。
 作るよ、作ってやるぜ!!みてろよマフラー!!!」
3人はパチパチと拍手をしてエールを送る。
「……で、
 編み方教えてね」
3人はコケた。

     ***

そして3日後、山本春海はまたも少々不機嫌になっている。
いるかが毎日忙しげにそそくさと帰るからである。
今回はバイトのときと違って全く顔を合わせないわけではないので、あからさまに不機嫌な態度はとれないのがまた辛い。
いるかと同じクラスの巧巳に尋ねても判らない。ただ、どうやら東山や日比野、坂本と一緒いるようで、それは一安心である。
これがまた、相手が犬養玉子だったりすると、バイオレンス的な意味で心配で仕方ないからだ。
春海自身でも呆れるほど心配性だが、いるかは気づいていないようで有り難いやら、ちっとは気づけよやらで、高校男子の心中複雑である。
ただ少し気になるのは、いるかは勿論のこと、東山や日比野までもが日に日に顔色が悪くなっていることだった。

クリスマスイブの前日、昼休みが始まって少ししてから春海が生徒会室にくると、いるかが自分の指定席で机に突っ伏して寝ていた。
その様子は中学時代の鹿鳴会を思い出させ、春海の口元がほころんだ。
生徒会室には他には誰もいない。春海も自席に座り頬杖をついて眠るいるかを見ていた。
いるかの通学鞄の口が開いていて、何かがこぼれ落ちた。
「ん……?」
床に落ちた何かは毛糸玉だった。
それで全てに合点がいった。
毛糸玉から伸びた毛糸は通学鞄の中に繋がっている。通学鞄の中には自分宛の未完成のプレゼントが入っているはずである。
(見てみたい)
好奇心にかられた。
「落とし物を戻すだけだからな」
誰に聴かせるわけでもない言い訳をして自席を立った。
床に転がる毛糸玉を拾った。手触りはなめらかで、安価な品ではないとわかる。
気づかれないように右手に毛糸玉を持ち、左手で通学鞄の口を大きく開いた。
中をのぞき込もうとしたとき、うなり声が響いた。
「できねーんだよぉ!わかんねーんだよぉ!まにあわねえんだよぉ!これじゃ鍋敷きになっちまうよぉ!」
寝言を言いながら両手でもがく、いるか。
春海はタイミングの良さに真っ青になって「ひぃぃごめん!!」通学鞄の中も見ずに毛糸玉を押し込んだ。
そして慌てて自席にもどり、何事もなかったかのように取り繕った。
いるかがハッと目をさまし、キョロキョロ周囲を見回した。
「春海!?いつからいたの?」
「今だよ、今さっき」
結局いつなのか判らない返答をしながら(鍋敷き……?)と疑問に思った。

     ***

クリスマスイブは2学期の終業式。滞りなく式は終わり、生徒達は教室で通信簿に一喜一憂している。
そんな中、サッサと通信簿を通学鞄に押し込んだいるかの下瞼は真っ黒である。一子、ケイ、晶の顔色は普段通りに戻っていた。
「何とか完成したみたい……ね」
心なしか頬もこけている様子のいるかが力なくピースサインをした。
口さがない銀子がいれば「プレゼントが完成しても、そんな身なりじゃ台無しだろう」と突っ込むはずだ。
晶が「クマだけでもなんとかしたいわねえ」と言って、いるかをトイレに誘った。
トイレから戻ったいるかは、晶の手持ちのコンシーラのおかげで顔色が回復していた。
「ほら、いっといで!!」
3人に背中を押されて教室を出た。

プレゼントをしのばせた通学鞄を大事に両手に抱えて1年2組の教室に向かう。
校内公認のいるかと春海だ。1年2組の教室の入り口で春海の所在を尋ねるいるかに、入学したての頃のような無遠慮な口をきく者はいない。申し訳なさそうに春海は不在だと告げられた。
下校になったばかりだから、生徒会室に行くよりも教室に行った方が早く会えると思ったのが裏目に出たらしい。
いるかは、ふらふらした足取りで生徒会室に向かう。下瞼のクマはメイクで隠せても、連日の寝不足が解消されたわけではない。
中学時代ならば授業中に睡眠をとることもできたが、授業についていくだけで精一杯の現状で授業を放棄できない。昼休みに生徒会室で少し眠るだけで、気力を振り絞ってほぼ不眠不休の数日を送っていた。
あまりの眠さに視界がぼやけてきた。その先にみとめたのは
「いるか!1年1組に行ったんだけど、すれ違っちゃったみたいだな」
「春海……!」

     ***

いるかが目をさましたのは保健室だった。
勢いよく身を起こすと、傍らのイスに腰掛けて文庫本を読んでいた春海と目が合った。
「あれ?あたし……」
「おまえ、何日寝てなかったんだ?俺の目の前だったからよかったけど、いきなりぶっ倒れるから焦ったぜ」
春海の目の前で床に倒れ込んだいるか。春海が駆け寄り必死に呼びかけた。その周囲を野次馬の生徒たちが取り囲み、心配そうにのぞき込む。
いるかは、少しうなり声をあげたあと、高いびきをかき始めたのだった。

「雪山ツアーを思い出したよ」
「そ、そうだね、ごめん」
雪山のときも、今も倒れたのは春海を見てから。春海を見た瞬間、安心して力が抜けたんだ、といるかは思う。春海はそのことに気づいてくれているだろうか。
改めているかが安心を噛みしめたとき、
ぐ〜〜〜〜
保健室に、いるかの腹の音が鳴り響いた。

「さて、と」
春海が両手でパタンと文庫を閉じて立ち上がった。
「そろそろ帰ろうか。家で夕飯用意してくれているんだろ?」
返事の替わりに再び腹の音が鳴る。
無言で見つめ合う2人。春海が溜息をついた。
「わかったよ。軽く何か食って帰ろう。腹の虫がうるさくて仕方ない」
「……面目ない」

     ***

いるかと春海は人目につかぬよう、学校から少し離れた喫茶店に向かった。
そういえば、今日はクリスマスイブだけれど、春海とはこれといって約束をしてはいなかったと気づいた。
クラスは違い、部活も違う。一緒に生徒会役員になれたことは幸いだけれど、2人きりになれるわけではない。家の電話は明確な用事がなければかけづらい。こんな近い距離にいながら手紙を書くのも余所余所しい。中学生の頃とは違うのだと何度も思い知らされる。
それでも、なんの約束もしていないのに春海は1年1組の教室に来ようとしてくれていた。それがいるかには嬉しかった。
柄にもなく乙女心を噛みしめる、いるかを春海が見下ろし「今、何考えているか当ててやろうか?」と言った、
「え?」乙女心が透けて見えたのかと思い、頬が赤くなる。
「ショートケーキも食べたいし、モンブランもいいなあ、だろ」
いるかはコケた。
「あ、わかった。パフェもか?」
「あのねえ!!あたしだってねえ!!」
先ほど盛大に腹の音を聞かせてしまった照れもあって、いるかが振り上げた拳には喧嘩のような力強さはなく、じゃれ合うような甘さがあった。
そして、それを快く思わなかったのが、向かいを歩いていたガラの悪そうな男子高校生たちであった。

「イチャイチャと見せつけてくれるじゃねえかよ、お坊ちゃん、お嬢ちゃん」
里見学習院の制服を見て言っている。品行方正な進学校はこういう嘲笑の的にされやすい。
しかし不良どもが不幸だったのは、里見学習院の制服を知っていながら、自分達が因縁をつけている相手が如月いるかと山本春海だと知らなかったことだ。
「なんなのよ、あんたたち」売られた喧嘩は即買いの如月いるか。
「相手にするな」冷静沈着な山本春海。
「彼女の前だからってカッコつけんなよ」
「そーだそーだ、お嬢ちゃん、そんな坊ちゃん止めて、俺らと遊ぼうぜ」
如月いるかの手を引いた。
そして次の瞬間、その男は地面を背に仰向けに倒れた。如月いるかが足払いで転ばせたのである。
「このアマ……!」
脇にいた高校生がいるかに掴みかかる。その次の瞬間、腹を押さえてその場で踞っていた。山本春海が腹に膝蹴りを入れたからである。
山本春海が冷静沈着なのは、如月いるかが絡まない場合に限ってのことだった。

残ったガラの悪い高校生2人は、喧嘩をふっかけた相手が悪いと気づき焦っていた。素手ではとても敵いそうにない。ポケットからナイフを取り出した。
「いるか、どいてろ!」 「春海、危ない!!」
いるかが春海の前に飛び出し、ナイフを通学鞄で受け止めた。
ナイフは通学鞄を刺したが、何かに跳ね返されたようで、地面に落ちた。落ちたナイフを手の届かないように、いるかが蹴飛ばした。
素手で刃向かう気力もなさそうな残党2人にトドメをさし、いるかと春海はその場を離れた。
喧嘩が始まってから、ものの2,3分とかからなかった。

     ***

結局、喫茶店に入る気分にもなれず、何となくそのまま家路に向かい始めた2人。
「鞄、大丈夫か?ちょっと見せてみろ」
差し出された春海の手を拒んで、通学鞄を抱え込んだ。
「大丈夫!!全然平気だから!!」
通学鞄の中にはクリスマスプレゼント。渡しそびれたまま、ここまできてしまった。
いるかは春海に気づかれないようにコッソリ鞄の中を見た。(これをやっぱり渡すんだよね……)
春海はいるかの顔をまじまじと見つめ「顔、なんかしてる?」
「えええ!?」いるかは両手で両頬を抑えて動揺した「なんか変!?」
「いや、変じゃないよ。ちょっと……」(きれいだな、と思ったんだ)その言葉は言えなかった。
晶にクマ隠しをしてもらった時に、ついでにと睫毛をビューラーで上げ、マスカラのトップコートを塗ってもらっていた。
しかし少しでもキレイに見られたいという気持ちを春海に勘づかれるのは恥ずかしかった。
「……」
「……」


春海が歩みを止めた。
いるかも立ち止まり、春海を見上げる。
沈黙を破ったのはいるかだった。
「これ、クリスマスプレゼント!!」
通学鞄からクリスマスカラーの包みを出して春海に押しつけた。
そして春海が何か言う前に「ここで開けないで!家で開けて!!変だから!超恥ずかしいから!!」
「開けるなって、包み紙が切れてるよ」
「うそ!?なんで!?」
プレゼントから目を背けていた、いるかが春海の手にある包みをのぞき込んだ。
「さっきのナイフだ」
「ヤダー!!せっかく作ったのに!!」
「とりあえず、開けるぞ」
いるかは頷いた。
春海は切られた箇所からは開かず、丁寧にラッピングを解いた。
中にあったのは、畳まれた幅30cmほどの緑色のマフラーだった。包装紙のキズの真下の箇所には切れ目1つなかった。
春海は安心して大きく溜息をついた。ナイフが包装紙のみを切り裂きマフラーの寸前で止まっていたとは運が良い。
編み目も揃っているようだし、いるかが「変」と言った理由がピンとこない。
内心浮かれ気味で「巻いていい?」と尋ねた。それに対するいるかの答えは「巻けるもんなら」
「は?何を言って……」
マフラーに手を掛け「……!?固ッ!!」
ラッピングしやすいように何回かに折られたマフラー。その折り筋は、まさに「折り」で、広げるときにはバキバキ音がなった。
編み地がガチガチに固い。
(鍋敷き……)春海が心の中で呟いた。生徒会室でのいるかの寝言はコレのことだったのか。
「まさか……」
ナイフは寸前で止まったのではなく、マフラーに負けたのだ。


いるかはマフラーの出来映えの惨状にしょげているが、春海は心からお礼を言った。
それでもいるかの表情は浮かない。
「俺からもプレゼントがあるんだ」
春海の思いがけない言葉にいるかが顔を上げた。
「え!?もう、もらってるよ!試験勉強みっちり教えてくれたじゃん」
おかげで3学期によほどのヘマをしなければ進級できるほどの点数を取れている。
春海はフッと笑った。「あれは半分冗談だよ」
通学鞄から四角い小さな包みを出して、いるかの手の上にのせた。
「開けてみて」
いるかは不器用な手つきで精一杯丁寧に素早く包装を解き、小箱を開けた。
「これって……!!婚約指輪!!??」
公にこそなっていないが、2人は既に婚約している。
結納だ何だと形式張ったことは何もしていないが、本人同士が将来を誓い、両家もそれを認めている状況を婚約と言わずしてなんと言おう。
しかし春海は婚約指輪であることを否定した。
「婚約指輪は改めてもっとちゃんとしたものを贈るよ。これは純粋にプレゼント」
自分の早合点の恥ずかしさと気落ちした、いるか。春海は言葉を続ける。
「純粋、じゃないかもしれないけど。きみはぼくのものだと言いふらしたいって気持ちがあるから」
いるかは小箱を大事に抱えて微笑んだ。そして「婚約指輪じゃないんだよね?」と念押しした。
「……?うん」いるかが何故それに拘るのか判らない。
「だったら……」


「春海ずるい!!」
「えー!?なにが!?」
「あたしには”お金で買えるプレゼントはダメ”って言ったくせに!!
 自分だけちゃんとしたプレゼントなんてずるい!」
思いも寄らぬ方向から責められた。
「いるかのプレゼントもちゃんとしてるじゃないか!」
「巻けないマフラーだけどね!!」
「巻けるよ!」
「じゃあ巻いてもらおうじゃないか!!」
売り言葉に買い言葉。
しかしお互いに、それは照れ隠しなのもわかっていた。


おわり

2013年1月21日作成

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