続・僕は中学生

──あなたが帰宅したとき、家で好きな子が眠っていたらどうしますか。

山本春海は居間で修学院の制服を着たまま寝ている如月いるかを見て呆然とした。そういえば、彼女は徹の友だちでもあったのだ。友だちと遊んで疲れて寝てしまうことは、あるかもしれない。俺は絶対にそんなことはしなかったけど。
「でもよ、」
お前は俺が帰ってくるとは思っていないのか。家だぞ家。無防備過ぎないか。
「徹ー」弟の名を呼んでも返事がない。
徹も友だちを放ってどこに行ってるんだ。そして、いつ帰ってくるんだ。
「おばさんー」藍おばさんまでいないじゃないか。

山本春海は足元に通学カバンを置きため息をついて座り、お膳の上に肘をつき頭を抱えた。
「寝てるし」
チラリと如月いるかを見て、慌てて視線をそらした。じっと見つめていたら自分が何をするか判らない。
「だって、寝てるんだぜ」
俺を誘っているのか?誘っているよな。

山本春海は自分が女の子に人気があることを自覚している。しかし人気はあるが、こんなに身近に女の子がいるのは初めてだ。いや、親戚や幼なじみと過ごしたことはあるが、こんなにドキドキハラハラはしなかった。
自分と本気でケンカしたり、無防備な姿を晒したりする子はいなかった。告白された経験もあるけれど、冷静に対処した。我ながら頭脳明晰でスポーツ万能で、見かけだって悪くない。もしも迷いや悩みがあるとしても、恋愛で悩むなんてあり得ない。

「それが、今の俺ときたら」
呆れるくらい、たった1人の女の子に翻弄されている。
起こして家から叩き出せばいいのに、できない。
かといって、このままにしておいたら、自分が何をするか判らない(本当は判っているが)。

「徹ー」早く帰ってきてくれ、いや、帰ってくんな。
……横で寝るくらいならば、いいかな。
いや、ダメだろ。それで済むわけない。
山本春海は頭を抱えたまま、お膳にゴンゴンぶつけた。そして、うっすらと眠くなってきた。近くで心地よさそうな寝息を聞いているからだろうか。そういえば、ここんところ行事が立て込んで忙しかったもんな、と思いながら、山本春海も目を静かに閉じた。

そのままどれくらい時間が過ぎただろうか。日もとっぷり暮れたが居間の電気をつけていなかったので、窓の外から月の明かりが差し込んでいた。月の光が眩しくて山本春海は目を覚ました。目線を先ほどまで如月いるかが寝ている場所に移すと、彼女の姿は無かった。
帰ってしまったか、と思い、ふと窓に目をやると窓の横に如月いるかが立っていた。如月いるかは窓の外を見ていたが、山本春海の視線に気づくと、振り返った。
山本春海は無言で立ち上がり如月いるかの隣に行った。
「ほら、星がたくさん」
如月いるかの指の先には満天の星空。星屑が今にも降ってきそうだ。

「星は、すっごく遠くにあるのに、こんなに光るんだね」
「ああ。何万光年も離れているんだ」
「何万光年?」
「そう。光の速さで1万年も2万年もかかる距離。つまり、今俺たちが見ている星は、何万年も昔の光ってこと」
中学生ならば、とっくに知っている知識だが、改めて言葉にしてみたかった。
「何万光年もかけて届いた光を見ているんだね」
「ああ」
「すごいなあ。みんな、見てるかなあ」
なんでそこで「みんな」が出てくるんだ?と山本春海は思った。2人でいいだろうが。
「どうだろ。当たり前過ぎて、目をとめることも無いんじゃないかな」
そのまま、言葉もなく2人は空を見上げていた。

山本春海が如月いるかの肩に手を回しかけたとき、「あ!!徹君!!」と如月いるかが叫び、山本春海は慌てて手を引っ込めた。
「今日友達の家に泊まるって言ってたんだ。あたし、それを伝えるために春海を待ってたんだよ。藍おばさんも急用だって」
「あ……、徹は今日帰ってこないのか……」
──ならば、躊躇しなきゃ良かったぜ。
山本春海の落胆した声が徹に対する非難と勘違いした如月いるかは「突然お泊まりしちゃってごめんなさいって言ってたんだよ。だけどあたし、寝ちゃって」
「ああ、うん、怒ってないよ」惜しいことをしたと思っているだけだ。

「徹君も見ているかなあ?」
「どうかな」と山本春海はアッサリ答えたが、自分の弟を思ってくれる彼女を愛おしく思った。

彼女がまた、夜空を見上げたとき、今日のことを思い出してくれるだろうか。
そして、そのときに、俺は側にいるのだろうか。
彼女の横顔を見て、再び星の光を見た。
きっと今、おれときみは同じ気持ちで星屑の夜空を見上げている。
そう信じている。

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