いっしょがいいね

如月いるか高校1年の冬、里見学習院の廊下を歩いていた彼女は、とある人物に呼び止められた。
如月いるかは出会った瞬間には嫌そうな顔をしたが、二つ三つ言葉を交わし、とある人物の依頼を快く引き受けた。

山本春海が如月いるかの異変に気づいたのは、その2日後の昼休みのことである。
彼は、校内の超人気者であるが故、常に好奇の目にさらされている。登下校や授業中、休み時間は甘んじてそれに耐えている。しかし、飯ぐらい落ち着いて食わせてほしい、という願いから、昼休みは生徒会室に避難している。
その生徒会室に、ここ2日間、如月いるかがいないのだ。如月いるかは持ち前の図太い神経で、教室内だろうが、中庭だろうが、どこででも食事を楽しめるが、山本春海のいる生徒会室で昼食を取るようにしていた。
今までも小テストの居残りや、部活のミーティングや掃除当番で昼食時に生徒会室に訪れない事もあったが、山本春海に何の連絡も無しに2日連続で来なかった事はない。それなのに、今は如月いるかがいない。
期末試験も間近なので、生徒会の用事もほとんど無い。如月いるかと顔を合わさずに一日が終わってしまう。
山本春海は小さな胸騒ぎを覚えた。

放課後になり、野球部の練習で東条巧巳と顔を合わせた。如月いるかの不在について尋ねると、「学校には来ている」との事。ひとまず安心はしたが、ますます嫌な感じだ。
数週間前の家出騒動で如月いるかの行方を尋ねたときには「おまえに連絡なくて、おれにあるわけないだろ」と答えていたが、今回はどうだろう。思い切って尋ねてみた。
「昼休みにどこにいるかって?知ってるけど」
バラバラバラバラ、ガラガラドッシャン。
山本春海は手に持っていた金属バットの束を全て床にぶちまけてしまった。
「おい!なんつー顔してんだよ。おれは一応先輩だぞ」
常日頃は友だち付き合いで良いと言っている東条巧巳が「先輩」と名乗りたくなるほど、山本春海の敵意むき出しの表情は険しかった。
「べ、別に、いるか本人から聞いたわけじゃねえよ。たまたま見かけただけだよ」
なおも山本春海の表情が強ばったままの様子を見て、東条巧巳は更に言葉を続けた。
「そんなに気になるなら、明日自分の目で確かめてみろよ」

翌日の昼休み、山本春海は如月いるかの姿をようやく見つけた。
「はい!A定食おまち!」
「チャー!?ちょっとまってろ!」
山本春海の視線の先には、学食で働く如月いるかがいた。山本春海はすぐにでも呼び止めて事情を問いただしたかったが、あまりにも忙しそうで、はばかられた。山本春海は学食の目立たない席に座って、じっと彼女の様子を見ていた。
現職の生徒会副会長に対し、さすがに「食堂のネーちゃん」呼ばわりする生徒はいなかったが、遠慮無くあれこれと言いつけられて、如月いるかはてんてこ舞いだ。
やっと昼食のピークが過ぎ、如月いるかは食堂の隅っこのテーブル席に、グッタリと座っていた。
「おい」
その如月いるかの目の前に山本春海が立ちはだかった。
「うわっ!」
如月いるかは心底驚いた様子で席から飛び上がった。
「今度は、どこを壊したんだ?」
大方、また器物破損の弁償の為にアルバイトをしているのだろうと思って尋ねた。
「え、え〜と……」
歯切れが悪い。
そのとき、「会長さん!ごめんなさいねえ!」学食の厨房から声が聞こえてきた。

山本春海は食堂のおばさんの事情説明をきいた。急にアルバイトが辞めてしまって困っていたこと、以前アルバイトをしたよしみで如月いるかに昼休みだけでもとアルバイトを頼んだこと、如月いるかはそれを喜んで引き受けたこと。

「バイト代を、はずんでくれるって言うからさぁ」
人がまばらになった学食で、向かい合わせに座る2人。如月いるかはバツが悪そうに言った。
「貯めていたお金は家出の時に全部使っちゃったし」
「まとまった金が必要なのか?」
「ま、まあね」
「なぜ?」
「い、言いたくない」
「まさか、また家出資金じゃないだろうな」
「そんなわけないでしょ」
「だったら、なんだよ」
「だから、えーっと、そのー」
如月いるかはしどろもどろだ。
「おれには言えない事なのか」
山本春海は悲しそうな顔をした。怒られるならばともかく、こんな表情をされたら溜まらない。仕方ない、白状しようと如月いるかは隠し通すことを諦めた。
「もうすぐクリスマスじゃん」
「うん?」
察しの良い山本春海は、すぐに口元がほころんだ。
「だからね、プ、プ、プ……」
面と向かって言うのが恥ずかしいのか、その先の言葉がなかなか出ない。
山本春海は考えていた。大観衆の目前で抱きついたり、報道陣のいる前で告白したりするくせに、どうして「クリスマスのプレゼント」の一言が言えないのだろう?
彼女の大胆さと不器用さを思うと、山本春海は目の前の恋人が愛おしくてたまらなくなった。
向かい合わせにイスに座っているので、その場で抱きしめる事はできず、その代わりに、少し身を乗り出して如月いるかの額に軽くコツンと自分の額を当てたあと、その髪の毛をグシャグシャにかき混ぜるように撫でた。
その様子を少し離れた席から東条巧巳が遅い昼食のラーメンをすすりながら見ていた。
「あー、熱い、熱い」

こうして山本春海も公認の学食アルバイトになったわけだが、まもなく如月いるかはお役ご免になってしまった。その原因は他でもない山本春海である。
彼は昼食を生徒会室ではなく、学食で食べるようになった。そして、如月いるかが学食で生徒たちから気軽に用事を言いつけられる度に、にこやかな笑顔で用事を言いつけた生徒を見ているのである。生徒会長が睨みをきかせる学食が居心地が良いわけはなく、客足は遠のいた。
結局、クリスマスを待たずして、またも生徒会室で昼食をとるようになった二人だった。

「あーあ。思ったより、お金が貯まらなかったなあ」
如月いるかはぼやいた。彼女は自分がお役ご免になった理由を知らず、新しいアルバイトが見つかったからだろう、程度に思っている。
「おれは、お金で買えるプレゼントなんかいらないよ」
山本春海は、しれっとした顔で言った。如月いるかは心外な表情をした。
「それじゃ、どういうのが欲しいのさ?」
「そうだな、前にもらったチョコみたいのがいいな」
如月いるかは、うっと息をのんだ。どうして、こういうことをサラッと言えるのだろう?あのときも、「うまいよ」なんて言って平気で食べちゃって、そのあと「味見」だって……、
「うわぁぁぁぁ!」
如月いるかは当時を思い出し、ゆでだこのように顔を真っ赤にして立ち上がり、ぶんぶんと何かを掻き消すように両手を振った。
山本春海は、その様子をやさしく見つめている。今は、彼女の考えていることが手に取るようにわかる。

そして「期末試験前にバイトなんて余裕だな。勉強は大丈夫なのか?」ときいた。
「は、はるうみぃぃぃ!」
如月いるかは、たった今試験の事を思い出した様子で、真っ青になり慌てて山本春海に向かって拝んでいる。
「おれからのプレゼントは勉強をみてやるってことでいいかな。クリスマスには早いけど」
如月いるかは、山本春海を拝んだままぶんぶんぶん、と何度も首を縦に振った。
「俺へのプレゼント、期待しているよ」
「う」
如月いるかは絶句した。お金はたまらなかったし、そもそもそんなプレゼントは不要だと言われてしまった。一体どうすればいいのだろう?

いっしょにいることが一番うれしいことだから、毎日がプレゼントみたいなものだけどね。
プレゼントのために会えなくなるなんて、本末転倒なんだよ。
──でも、おまえがおれの為に悩む姿もみていたいから、言わないっと。
山本春海は少しだけ意地悪く、そしてとろけそうに微笑んだ。

すきま物語小説目次  web拍手ボタン