ヤキモチ

里見学習院が甲子園の予選大会で珠姫高校を破った翌日から、野球部のヒーロー二人、山本春海と東条巧巳は一躍世間の注目の的となった。
学校の周囲をマスコミが取り囲み、登下校の生徒は誰彼構わずインタビューを受けた。野球部のグラウンドで練習が始まるとグラウンドの外にカメラが数十台も並んだ。あまりにも過熱気味な報道に対して、学校側がマスコミ各社に苦情のFAXを送信したほどである。
一方、東条巧巳の去年の経歴に関して取り沙汰されなかったのも、学校側が先手を打って適切に対処した成果であろう。
学校がマスコミを抑えるのに奔走しても、人の口に戸は立てられずとはよく言ったもので、ヒーロー二人の人気は学校内外で、うなぎ上りであった。

そんな世間に取り残されてしまったのが如月いるか。山本春海が女生徒から人気がある事は、倉鹿時代から身にしみて知っている。
眉目秀麗
成績優秀
スポーツ万能
生徒会長
並べてみると、冗談としか思えないような経歴だ。
そんな人が自分の彼氏……?悪い冗談としか思えない。
「わっはっは」
思い切って声に出して笑ってみたら、よけいに哀しくなった。山本春海が自分の手の届かない人になったような気がした。

気がつくと、放課後を告げるチャイムが鳴っている。そうか、ここは学校だったっけ。
教科書とノートをカバンに詰めて、如月いるかは席を立った。
「教科書を持って帰るなんて珍しいな」
すぐさま東条巧巳が声をかけてきた。東条巧巳は野球部に復帰してから、学校に欠席遅刻早退することはなくなった。しかし、生徒会の会議には今でもちょくちょく遅刻している。
「試験が近いんだもん」
「そっかぁ。野球部も今日から試験休みだったな。おまえ勉強どうするんだ?」
と東条巧巳が言いかけた時に、教室の窓の外から歓声が聞こえた。
「キャー!山本くーん」
校舎の外を歩く山本春海に対する黄色い歓声だ。如月いるかは散々聞き飽きたようで窓に目もくれない。そんな様子を見ていた東条巧巳が如月いるかに尋ねた。
「俺、前から聞きたかったんだけど、お前らつきあってんの?」
「え?な、なんだよ、突然」
如月いるかは急にドギマギし始めた。
「春海が今みたいに女に騒がれても、おまえは怒ったりしないし、春海もおまえが誰といても焦る様子がないもんな」
東条巧巳の後半の言葉は嘘である。東条巧巳は気づいていた。如月いるかが自分と一緒にいると、山本春海の口元が少しへの字に曲がっていることを。あまりにも些細な表情の変化なので、如月いるかが気づいていないことを。気づかない原因は如月いるかが鈍感であるせいも多分にあるが。
「つきあうとか、つきあわないとか、そういうんじゃないんだよ。気がついたら、一緒にいただけで…」
「高校生になってからは?」
如月いるかは痛いところをつかれたと思った。
中学時代は気がつけばいつも一緒だった。自分が剣道部の練習から逃げた時なんか、追いかけてきたこともある。
それが今はどうだろう。クラスも違って、部活も違って、家も電車に乗る距離になって、努力しなければ会えない。しかも努力しているのは、いつも自分の気がする。自分は山本春海のクラスに会いに行った事はあるけど、山本春海が自分のクラスに来たことはあるか?
如月いるかの表情はみるみる暗くなった。あまりにも落胆した様子に東条巧巳は自分の発言に罪悪感を覚えた。
「あ、あのな?あ、そうだ!試験勉強やろうぜ」
「べんきょぉ〜?」
ますます表情が険しくなる。
「あ、ほら、おれ、去年も一年やってるから、過去問とか詳しいぜ」
「ホント!?」
如月いるかの目に光が戻ってきた。
「おう。学校は落ち着かねえから、マック寄ろうぜ」
東条巧巳もそそくさと支度をして如月いるかと教室を出ようとした時に、如月いるかは思い出したように言った。
「そうだ、生徒会室に寄るように春海に言われてたんだった」
「は?」

生徒会室に行くと、既に帰り支度を終えた山本春海が待っていた。
如月いるかと一緒に現れた東条巧巳を一瞥して、口元を少しへの字にした。
「巧巳がね、試験勉強一緒にやろうって」
おいおい、俺は山本春海も一緒とは言ってないぞと東条巧巳は思ったが、口には出せずに不敵な笑みを浮かべるのが精一杯だった。
「いいけど」
けどってなんだ、けどって。と東条巧巳は思った。

そして東条巧巳は不敵な笑みと愛想笑いがゴッチャになったような複雑な表情をしながら考えた。
たぶん、俺だから、俺がヤツより年上だから、(一応)ヤツの憧れの先輩だから、山本春海は口元をへの字にする程度で済んでいるのだろう。
だけどな
そんなに彼女が好きならば、首に縄でもつけて自分の側に縛り付けておけ。
たぶん、お前のヤキモチ焼きは半分も彼女に伝わっていないぞ。でも、お前がこんなにヤキモチ焼きだってことを、
「俺は教えてやらないからな」
考えの最後を思わず口に出してしまっていた。
「えー!?教えてくれるって言ったじゃん?」
試験勉強のことだと勘違いした如月いるかが不満げな声をあげた。
「どこがわからないんだ?」
山本春海がいつもと変わらない声の調子で尋ねた。しかし内心はらわたが煮えくりかえっていそうだ。
「全部だよ、全部」

学校の外からは、ひっきりなしに黄色い歓声。
3人は出るに出られずに生徒会室で勉強を始めた。

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