あのあとのふたり

それが答えだ

「おれ東京にいくよ」「きっと来年…東京の高校にはいる」

耳の奥に焼き付いた声。東京に向かう電車の中であたしはずっと泣いていた。ひとしきり泣いて気がついた。
「東京の高校って…どこ?」

中学生剣道選手権以来3ヶ月ぶりの、あたしの家。とーちゃんは仕事でかーちゃんが出迎えてくれた。
「いるか、おかえり!!」
一年ぶりの再会を喜ぶかーちゃんを半ば無視して、あたしは聞いた。
「あのさ、東京の高校で、ナントカ学習院って有名な私立ってどこ?」
春の転校騒動の時に春海は「来年 高等部をちゃんと受験しますってね!」と言った。
あのときは、春海がいなくなってしまうことで頭がいっぱいで、学校の名前なんか聞いちゃいなかった。そういえば、じーちゃんに「あたしも そのガッコいくっ」と言ったら「男子校じゃ」と言われたっけ。

「あ、そうか、じーちゃんに聞けば良いんだ」
「東京で、ナントカ学習院…?」
ぶつぶつ呟くかーちゃんを押しのけて電話口に飛びつく。

「そうそう、春にあったじゃん、うん、そう!中等部が男子校とか言ってたやつ。え?何で春海に聞かないんだって?」そういえばそうだった。「いーじゃん、ケチケチしないで教えてよ」
あたしが電話を切ったのと、かーちゃんが学校名を思いついたのは、ほとんど同じだったみたい。
「里見学習院!!!」顔を見合わせて同時に叫んだ。

「で、里見学習院がどうかしたの?」
「あたし、来年、受験する」
「はぁぁぁぁ!?」

そうして、あたしは翌日の始業式から遅刻と早弁を止めた。授業も真剣に受けた。家庭教師もつけてもらった。
とーちゃんは「あの、いるかがなぁ…」と涙ぐんでいたけど、あたしが里見学習院に入りたい理由を知らない。かーちゃんは時々ニヤニヤしているので、気づいているかもしれない。

そして秋、一通の手紙が届きます。
差出人は山本春海。

バンザイ

「おれ東京にいくよ」「きっと来年…東京の高校にはいる」

おれの声は届いただろうか。おれとあいつを引き離す電車の音で、声が掻き消されたような気もする。でも、あいつが泣きながらおれを呼ぶ声は聞こえた。だからきっと、おれの声も届いているだろう。
いるかを見送ったあと、泣きじゃくる徹の手を引いて家までどうやって帰ったのか、帰り道を全く覚えていない。

それから、あいつはいないと頭では判っているのに、わざわざいるかの家の前を通って帰るのが、おれの日課になった。

今日は学校で進路希望の用紙が配られた。おれは迷わず「里見学習院」と書いてすぐに提出した。あの春の転校騒動の時には、自分の進路は自分で決めると言いたくて「来年受験する」と言ったが、本当に受験することになるとは。

いるかは、どこの高校に行くつもりだろう。おれから「一緒に里見に行こう」とは言えない。あいつにはあいつの進路があるのだから。

今日もまた如月家の前を通り家路を急ぐ。不意に如月家の勝手口が開いて、いるかのおばさんが出てきた。
「あれまあ、河童頭…じゃない、春海くんじゃないの」
「こんにちは」見送りの時以来だ。少し気恥ずかしい。

「あれから、ちゃんと、いるかと連絡とっているのかい?」
「いえ、まだ」毎晩電話口の前をウロウロしているし、書き損じの手紙は山とあるけど。
「向こうの家に着いたら着いたで電話でもすりゃ良いのにねえ」「うちには、じーちゃん宛にすぐ電話が掛かってきたよ」
な・なんだと!?何でじーさんに連絡しておれに連絡がないんだ。

多分、露骨にムッとした顔をしてしまったと思う。おばさんは構わず続けた。
「なんか聞きたいことがあったみたいでさ」
「はぁ……」何だかよく判らない。
「それから、昨日、いるかの母さんから電話がきて、”そっちで何かあったのか?”って」「”いるかが里見学習院を受けるって言ってるのだけど”ってさ」

おれが呆然としていると、おばさんがトドメとばかりに捲し立てた。
「笑っちゃうよねぇ、あの勉強ギライの運動バカが、家庭教師つけて猛勉強だってさ。あたしにゃ想像つかないよ」
ケラケラ笑って、おばさんは家の中に戻った。出かける用事はなく、おれにそのことを伝える為だけに出てきたみたいだ。いつかのチョコといい、おばさんには頭が上がらないな。

帰宅して便箋を取り出した。今度は書き損じない。
宛先は如月いるか。


なかなか新作を書けないのに困って、苦肉の策で「期間限定ボツネタ公開」と称して、公開した小話です。サイトを開始する前に書いて、何となく恥ずかしくなってボツにしていたネタでした。
結局、未だ(2007年4月末)新作は書けずに、この話もボツネタから小話へ昇格してしまいました。
私にしては珍しく一人称で書いています。習作だと思って生温かい目で読んでやってください。

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