嵐の前の乾風

「このお銀をナメるんじゃないよ!」
出雲谷銀子の平手が、他校の男子学生の頬をひっぱたいた。
カッとなった男子学生がくりだした拳を軽くかわして、男子学生の足を引っかけた。
無様に前のめりに倒れる様を鼻で笑って眺め、その場を立ち去る。
「さすが銀子姉御!」出雲谷銀子を讃える子分を引きつれて。

翌日、出雲谷銀子は鹿鳴会本部に呼び出された。呼び出されるも何も、出雲谷銀子は鹿鳴会のメンバーだった。
鹿鳴会本部の扉を開けると、既に出雲谷銀子以外のメンバーが揃っていた。
出雲谷銀子が自分の席に着こうとするのを山本春海が制した。
「ここに君の席はもうない」
「は?」
出雲谷銀子はとっさには山本春海の言葉の意味が判らなかった。山本春海が次の言葉を口にする瞬間に、自分の置かれた状況を悟った。
「出雲谷銀子を本日付で鹿鳴会から除名する」
昨日のケンカの後に予想していたことだった。
「このことは職員および学院長も承認済だ」
「だろうね。ソツがないあんたのことだ、根回しだって完璧だろうよ」
「どういう意味だ?」
「言葉どおりさ」
「弁解があるなら聞いてやろう。昨日の相手は男子学生だったらしいしな」
「何もない。腹が立ったから殴った。除名で結構」
長門兵衛が二人のやり取りにいたたまれなくなり、机に手をついて立ち上がった。
「銀子!本当にそれで良いのか!?何か理由があったんだろ!?」
「別に」
「理由がないと言っているのだから、無理に聞く必要はない」
山本春海が恐ろしく冷たい声で断言した。他人の意見を排除する横暴さが垣間見えた。
「そういうこと」
出雲谷銀子は目を閉じ両手で「ヤレヤレ」というポーズをした。そして鹿鳴会メンバーに背を向けた。
「あんたらとおさらばできて、せいせいしたわ。特に……」
「山本春海、あんたにはウンザリしてたよ」
バタン。
出雲谷銀子が扉を閉めて、廊下を歩く音が聞こえた。

重苦しい空気が鹿鳴会本部を包んでいた。
「銀子は今まで全く鹿鳴会の仕事をしてなかったのだから、困ることはないだろう」
山本春海は役員名簿の”出雲谷銀子”の名前にボールペンで二重線を引いた。
「だけど、任期中に除名なんて前代見聞じゃないのか」
一色一馬が言った。
「いや、調べたら二十年前くらいにも似たような事例があった」
俺が言いたいのはそういう意味じゃなくて、と一色一馬は思ったが、冷徹に切り返されるだけと思って口をつぐんだ。
鹿鳴会は幼なじみ4人組でもあるのに、山本春海が決定した事には逆らえないような雰囲気があった。リーダーシップがあるのは良いことだが……
――そのうち、着いてくる人間がいなくなるぞ。
太宰進は山本春海の後ろ姿を見た。
――だからといって、俺がどうこうできるわけでもないけどさ。
太宰進もどこか斜に構えたところがあり、幼なじみに対しても諦め気味であった。

「ふん!!」
出雲谷銀子は道ばたに落ちた缶を思いっきり蹴飛ばした。
その出雲谷銀子が歩く横を、弱小ゆえにグラウンドを使わせてもらえない女子ソフト部がランニングしている。出雲谷銀子がジロリと睨むと、首をすくめて走り去った。
――あたしより目立つと何されるかわからないだって?
――自分たちが弱いのを他人のせいにしやがって。
自分が女子運動部長でありながら、女子運動部から完全に浮いていることに出雲谷銀子は気づいていた。
しかし自分より実力が劣る奴らの言うことなど、まともに聞く気にはなれなかった。
自分よりすごいやつはいないのか?自分とタメを張れるやつはいないのか?
山本春海みたいな上から人を見下すようなやつじゃなくて、一緒に泥だらけになって戦えるやつ。
「銀子姉御ー!」
遠くから子分が自分を呼ぶ声が聞こえる。そう、今自分を慕ってくれるのは子分くらいさ。
それでいいのさ。

春の嵐が訪れる日はまだ遠く。

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