動揺

但馬館女子サッカー部と倉鹿修学院女子サッカー同好会の練習試合から一週間後。鹿鳴会本部では如月いるかを除いた鹿鳴会4人が集合している。如月いるかは、昨日復興したばかりの女子サッカー部の練習に参加するため、鹿鳴会の会議を欠席した。
「まったく。部活も大事だが、鹿鳴会の仕事もないがしろにされては困るんだがな」
カタブツの山本春海が眉間にシワを寄せている。それを太宰進がにやにやと見つめている。その視線に山本春海が気づいた。
「なんだよ?」
「別にぃ」太宰進は両手を頭の後ろに組んでイスの背もたれに寄りかかり、イスが斜めに傾いた。太宰進がご機嫌のときの癖だった。
「では、秋期のスポーツ大会に向けて、各部の練習状況の報告と、今年度の予算使用状況の中間報告書の作成を始める」山本春海が咳払いをして言った。

各部の練習状況の報告が一段落し小休止。鹿鳴会のそれぞれが主要な部の主将を務めているので、ここまでは大した苦労はかからなかった。大変なのは予算使用状況の中間報告である。鹿鳴会本部の机の上には各部が提出した大量の領収書と帳簿が山と積んであった。これらに全部目を通して計算に誤りが無いかを確認しなければならない。どうしても後回しにしがちな会計報告、誰も口には出さないが「面倒くさい」という空気が漂っている。
嫌々ながらも4人は大量の領収書と格闘を始めた。
そして数十分が過ぎて。「ダメだ、女子ソフトボール部の分がサッパリ判らない」山本春海が書類を放り投げた。4月分の領収書が全く無いのに、予算はしっかり使っているようで、何度計算しても帳尻が一致しない。
「一度潰されかけた部だからね。当時は領収書どころじゃ無かったんじゃないの?」太宰進がフォローする。
「そんなの言い訳になるか」
「大川を呼んでこようか?」長門兵衛が立ち上がった。
「たぶん、今はグラウンドで練習中だよな?」一色一馬が山本春海にきいた。
「ああ、頼むよ」
山本春海はため息をついた。

数分後。「大川でーす!失礼しまーす」おどけた調子のユニホーム姿の大川博美を連れて長門兵衛が鹿鳴会本部に戻ってきた。
「女子ソフト部の予算、どうなっているんだよ?領収書無いと予算下ろせないぞ」
「あれ?変ねえ。全部出したつもりだったのに」
「”つもり”じゃ困るんだけどな」
大川博美は一色一馬から渡された帳簿と領収書を確認した。「確かに、4月分が無いわ。何に使ったっけ?」人差し指をこめかみに当てた。
「部長なんだからしっかりしてくれよ」「俺の予想だと、これの領収書が無いんじゃないか?」山本春海が開いた帳簿の中間あたりを指した。
書籍代
「書籍代……?」小首を傾げて数秒。「あーあーあー、そーそーそー、思い出した!!」ポンと手をついた。
「いるかちゃんが入部したときに買った本だわ!いるかちゃん、ルール全然知らなかったから」
大川博美が鹿鳴会本部をキョロキョロ見回した。「そういえば、いるかちゃん、今日こっちにいないの?」
「女子サッカー部の練習だよ。鹿鳴会のことなんか放っぽらかし」太宰進が答えた。
「あー、どおりで、山本君の言葉に刺があると思ったわ。いるかちゃんがいないからって、あたしに八つ当たりしないでよ」
ゴン。山本春海が黒板に頭をぶつけた。太宰進が隣でクスクス笑っている。
「領収書はいるかちゃんが持っているはずよ。貰って来ようか?女子ソフト部としてまとめて出さなかった、あたしが悪いんだし」
「いや、練習中だろうから、あとでいいよ」山本春海は言った。
「あたしだって練習中だったんですけど!?」バッティング練習中に鹿鳴会本部に呼び出された大川博美が、腰に手を当てて山本春海を軽く睨んだ。

大川博美が鹿鳴会本部を出たあと、山本春海は申し訳なさそうに制服の胸ポケットから紙を出した。
「大川と話している途中で思い出した」
”倉鹿修学院女子ソフトボール部様、品代:書籍代として”と書かれた領収書だった。
「朝、いるかと会ったときに、鹿鳴会休むからって預かっていた」
「あ〜あ〜あ〜あ〜」山本春海を除いた3人が批難の声をあげた。
「会長なんだからしっかりしてくれよ」
さっき、山本春海が大川博美に言った言葉をそのまま返されてしまった。
「春海、あれからお前の様子がおかしくなっているのに気づいているか?」
したり顔で言う太宰進を一色一馬と長門兵衛が固唾を飲んで見守っている。進、お前、あれをやる気か?今こそやるんだな?
「あれってなんだよ?」
「決まっているじゃないか」太宰進は、これ以上にない笑顔で言った。
「は、はるうみ〜」
一週間前に大観衆の目の前で山本春海に抱きついた如月いるかに瓜二つの声色だった。

「じょ、冗談だってば!軽い冗談じゃないか!!」
逃げ回る太宰進を、山本春海が女子ソフト部の帳簿で殴りながら追いかけている。
「そ、その様子じゃ、そのあと進展無しってことだな?」逃げ回っていても軽口は止めない。
「うるさい」追い回す山本春海。
「何やってるの?」
女子サッカー部の練習を終えた如月いるかが、鹿鳴会本部の入り口に立っていた。
「何でもないよ!」太宰進と山本春海は取っ組み合いながら同時に叫んだ。
「ふーん。楽しそうでいいね」他人事のような口ぶりで、自分の席に座る。
原因はおまえだっつーの!!
山本春海と太宰進は心の中で叫んでいた。

抱きついた本人が一番平然としているなんて、どういうことなんだよ?
ここ一週間、失敗やドジばかりが続いている山本春海は全く納得できなかった。

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