学問のススメ

中学3年の1学期中間試験が終わり、如月いるかは鹿鳴会本部に行き、自分の席でボーッとしていた。一年前には「会議なんか面倒くさい」と言って逃げ回っていたのに、自ら出向くようになったのは人間的に成長したからか、それとも……。
間もなく、山本春海も鹿鳴会本部にやってきて、席に座った。
如月いるかは自分をジーッと見ている視線に気づいた。「なに?あたしの顔になんかついてる?」最近、ふと気がつくと山本春海が自分を見ているような気がしていた。
「中間試験、どうだった?」
「嫌なこと聞かないでよ。いつもどおりだよ」
「いつもどおりってことは、ドンジリか」
「ふん。万年トップの春海には関係ないでしょ」
苦手な勉強のことをきかれて身の置き所に困った如月いるかはカバンからパンを取り出して封を開けた。

「雪山ツアーのこと覚えてるか?」
「あんまり思い出したくもないけど。遭難したりケガしたり」そして、山本まのかに対する嫉妬心。
「第一関門で数学の問題があっただろ」
「へ?う、うん」山本春海の予想外の言葉に拍子抜けした。
「あれを突破したから、俺たちに追いついたんだよな?あれは、お前のじいさんが解いたのか?」
「じーちゃんなんか全然当てにならなかったよ。たまたま宿題と同じ問題があったから、ラッキーだっただけ」
「ということは、いるかが解いたんだね?」
「うん、それがどうしたの?」
鹿鳴会本部の開いた窓から風が入ってきた。
「やっぱり、お前はやれば出来るってことだよ」
「へ?」
「雪山ツアーの宿題も1人でやったし、その後に宿題と同じ問題が解けたってことは、理解も出来ているはずなんだ。数学の問題は答えの丸暗記じゃ解けないからね」
「そ、そうかな」悪い気はしない。
「運動に取り組むのと同じくらいの気持ちで勉強すれば、もうちょっと何とかなるんじゃないか?」
「え〜〜〜。運動はやってて楽しいけど、勉強は全然楽しくないもん」
「そうかな。上手くできれば楽しくなるのは、運動も勉強も同じだぜ」
「それは、どっちも出来る春海だから、そう思うだけでしょ」
山本春海は如月いるかをじっと見つめていた。
「な…なによう。じろじろ見て」
鹿鳴会本部にいるのは二人だけだった。

「試験直前のヤマ張りじゃなくて、基礎からちゃんと理解する気はないか?」
「え……」一年前には反射的に「やだよ、面倒くさい」と言っていたはずなのに、言葉を飲み込んでしまった。
「無理にとは言わないけど、もし少しでも勉強する気があるなら教えるよ。俺は結構教え方も上手いんだぜ。徹の勉強もみているからな」
教え方が上手いのは知ってるよ、と如月いるかは思った。ソフトボールのピッチングだって春海が教えてくれた。それを思い出して少し赤くなった、照れ隠しに憎まれ口を叩いた。「どうせ、あたしは小学生レベルだもん」
「すねるなって。気を悪くしたら謝るからさ」
違うもん、すねたわけじゃないのに。春海はジロジロ見ているわりには、あたしの気持ちを全然わかってない、と如月いるかは思った。
いつからだろうか、山本春海が如月いるかに対して、上から見下したような強制的な言い方をしなくなったのは。そして如月いるかもまた、山本春海に対して、むやみに反抗的な態度を取らなくなっていた。

それから、雪組教室や鹿鳴会本部で如月いるかと山本春海が勉強している姿が、たびたび生徒や教師達に目撃されるようになった。
今までは試験しのぎの為だけに教科書を開く程度だった如月いるかに、突然勉強のコツや習慣が身に付くはずはなく、山本春海に八つ当たりするような場面もあったが、山本春海は根気よく教えている様子だった。
その結果が1学期の期末テストで劇的に表れることはなかったが、如月いるかの成績は少しだけ上がった。
山本春海が如月いるかに叩き込んだ勉強の基礎は、思わぬところで如月いるかを救った。里見学習院高等部入学試験の受験勉強である。

あのとき、春海が真剣に教えてくれたから、いま、あたしはがんばれるよ。
山本春海に出す手紙には書いていない言葉。入学試験が終わったら言おうと決めていた。
家庭教師の先生も「基礎だけは何とか出来ている」と言ってたんだよ。まあ、その前に母ちゃんがあたしの出来をボロクソに先生に言ってたからってのもあるけど。
如月いるかは部屋の壁に飾ったみんなで撮った写真を見て、また問題集とノートを開いた。

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