因果応報

「好きです!」
叫びにも似た少女の声。向かいの少年が返事をする為だろうか、すうっと息を吸い込む音が聞こえた。
その時間は永久に長く思えた。

俺は、何でこんな場面に遭遇しているんだ?
平賀隆志、中学2年の初夏。週に一度は県立図書館に通っている。それは勉学への向上心と、少しばかりのお節介。
図書館の閲覧室には、名前も知らない少女がいた。白い肌と長い黒髪、伏し目がちで可憐に見えた。

その少女は恋をしているようだった。決まった時間に図書館に現れる少年を見つけると、ほんのり頬を染めていたからだ。
少女から声をかけることはなく、少年も少女に気づかぬ様子で、同じ空間にいる2人。
そんな2人を見ていると、まるで目の前で少女マンガを再現されているようで、微笑ましいと平賀隆志は思った。

そんなある日、とうとう少女が動いた。
少年に告白をしたのだ。しかもこの図書館内、平賀隆志の目の前で。
目の前といっても、図書館内の柱の影で向こうからは死角で見えない。平賀隆志は少年の首から下を見た。
白い開襟シャツの胸ポケットに鹿中のエンブレムがプリントされている。倉鹿修学院の夏服だ。

あの少年は、何て返事をするんだ……?平賀隆志は息をのんだ。
「ここ、図書館なんだけど」声変わり途中の少年と青年が入り交じった声だった。少年は続けていった。
「そんな大声出すなんて、周りの迷惑だと思わないのか。TPOが判らない人間とは話す気にもならない」
それだけ言うと踵を返して、図書館入り口に向かって歩いた。入り口では少年を更に小さくしたような子供が手を振っている。「お兄ちゃん!本見つかったー?」
「図書館では静かにと言っただろ」
平賀隆志は、少年が子供の手を引いて図書館を出る後ろ姿を呆然と見ていた。「な、なんなんだ、あれは」
視線を告白の現場に戻すと、少女の目には涙が溢れている。平賀隆志は思わず駆け寄った。
「あ、あの、大丈夫ですか?」初めての少女との会話だった。
「放っておいて!」少女は告白の時よりも大きな声を出して、平賀隆志を突き飛ばして走り去った。
その後、少女の姿を見ることは二度となかった。

平賀隆志がその少年の名前を知ったのは、夏の剣道大会だった。中学二年生にして生徒会長を務めていた平賀隆志は但馬館が参加する試合を全て観戦していた。剣道大会もその例に漏れず、初戦から観戦している。
例年は競っているはずの試合が倉鹿修学院の圧倒的有利で進んでいる。特に大将が群を抜いて強かった。
去年の試合を見た限りでは、ここまで強い選手はいなかったはずだ。まさか一年生か?平賀隆志は倉鹿修学院の大将が面を取るのを凝視した。
大将戦を終えて、両手で面を取り、頭に巻いたてぬぐいをはずし、呼吸一つ乱れていない大将の顔は、数週間前に図書館で目撃した少年の顔だった。
「あーーーあいつ!!!」観客席から立ち上がって叫んだ。「あれは誰だ!?」
平賀隆志の隣席の副会長が剣道大会の選手名簿をペラペラめくった。「修学院の山本春海、一年生です」
「修学院の山本春海……」名前に聞き覚えがあった。そうだ、一年生にして修学院の生徒会長になったヤツじゃないか!修学院の風変わりな生徒会選出と共に、山本春海の名は近隣学校に轟いていた。
「そうか、あいつが山本春海だったのか」
平賀隆志は憎き顔と名前を脳裏に焼き付けた。

それから一年。

平賀隆志は相変わらず県立図書館に通っている。現在は勉学の向上心のみだ。いや、正確には勉学の向上心と、ちょっとした野次馬根性であった。
図書館の広い閲覧室。平賀隆志は隅の目立たない席をいつも使っている。そこからよく見える席があった。
山本春海が中学生には似つかわしくない難解な本を広げて無言で読みふけっている。隣には如月いるか。隣接する子供用図書館から絵本を何冊も持ち込んで、あっという間に読み終わり、隣の山本春海の本を一冊手に取った。「なんじゃこりゃ。字が小さい、漢字が読めない!」声も潜めずに言った。
「シーーーー!!」山本春海が人差し指を口に当てて小声で言った。
何度も同じようなやりとりを繰り返している。そのうち、そのうるささに耐えられなくなった若い女性が、山本春海に声をかけた。
「ちょっと静かにして貰えませんか?」
「す、すみません」山本春海は恐縮して慌てて読みかけの本を閉じて、如月いるかの手を引き閲覧室を出た。その一部始終を見た平賀隆志は口の端に力を入れて、閲覧室を出た。

「わーっはっはっは」平賀隆志は図書館の外に出て、大声で笑った。
あのとき、「TPOが判らない人間とは話す気にもならない」と言い放った少年が、騒ぐ子供をあやす保護者同然になっている。これを笑わずして何としようか。

「お前なー、図書館では静かにって学校で習わなかったのか」
「習っても忘れちゃったよーだ。だいたい、あたしは図書館なんか行きたくなかったのに、無理矢理連れてきたんじゃないか」
「お前も会長なんだから、もう少し知識と教養を深めろと言ってるんだ」
それは、如月いるかを連れ出す為の山本春海なりの口実であることに、平賀隆志は気づいていた。

「ああ、愉快愉快」
夫婦漫才を見終えて満足して帰ってしまう平賀隆志。但馬館高等部へ進学するための試験勉強がサッパリ進んでいない事は、言うまでもない。

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