ともだち

大川博美はスキップの足取りで書店から出た。学年末テストが終わり、ようやく定期購読している雑誌『ソフトボールマガジン』を買えたからだ。雑誌を大事に抱え、鼻歌すら出そうなくらいだ。その大川博美の数メートル先を制服姿の如月いるかが物凄い勢いで歩いている。
「いるかちゃーん」
如月いるかには声が聞こえなかったのか、足早のまま直進している。
「いるかちゃーん」
更に大きな声を出して、手を振って後を追いかけた。ようやく如月いるかに追いつき、肩を叩いた。
「あっ!博美、どうしたの?」如月いるかはようやく足を止めた。
「どうしたのじゃないよ。何回も声かけたのに。そんなに急いでどこかに行くの?」
「どこって……、どこだっけ。帰るつもりだった……」
「いるかちゃんの家はあっちの方でしょ?」逆方向を指した。「何かあったの?」
如月いるかは耳から首まで顔中真っ赤にした。
「あらら、真っ赤っかじゃない。さては山本君と何かあった?」軽い冗談のつもりだった。
「なんで博美知ってるの!!??」如月いるかが物凄い形相で掴みかかってきた。
「ぐ…ぐぐぐるじい。いるがぢゃん……」
「あ!ごめん」慌てて手を離した。
大川博美はパンパンと自分の上半身を叩いて服を整えた。「その様子だと、本当に何かあったみたいだね」
「ど、どうしよう?」
「どうしようって、どうして?また張り飛ばしちゃったの?」
ぶんぶんぶん、如月いるかは首が取れそうな勢いで首を振った。
これは、じっくり話を聞くしかないな、と好奇心半分、心配心半分で大川博美は言った。「くわしい話は、あんみつ屋さんで伺いましょうか」大事に抱えた『ソフトボールマガジン』を手提げのカバンに突っ込んだ。

女子ソフトボール部御用達のあんみつ屋。ボケーッと座っているいるかに変わって、大川博美が「おばちゃん、あんみつ2つね!」と注文した。「今日は一杯ずつで良いのかい?」いるかの食いっぷりをよく知る店主が不思議そうな顔をした。
「さすがというか、山本君ねえ。あの劇の様子じゃ、時間の問題だと思ってたけど」あんみつ用の持ち手の長いスプーンで餡をすくって食べた。
「えええええ!?」いるかの前のあんみつは手つかずだ。
「えー、じゃないよ。ほとんど全校生徒が揃ってる前でしようとするくらいだもん。2人だけなら何されるか分かんないじゃない?」「いるかちゃんも人前で抱きついているから、お互い様でしょ」
「ちがうちがう、あたしはそんなんじゃない」
「そんなんってどんなん?」
「と、とにかく、違うったら違う!」
「ま、良いけど。それよりさ、」
如月いるかはあんみつの餡をスプーンでこねくり回している。
「される前に何て言われたの?」「好きだ、とか付き合おうとか、どんな感じ?」聞いてる大川博美が思わずニヤけてしまう。これは単なる好奇心だ。
「え……?」如月いるかは予想外な顔をした。「そーいうの、言われてない」
「はあ!?じゃあ、いきなりキスされたっつーの!?」
「声が大きいよ!」身を乗り出して大川博美の口をふさいだ。大声を出す大川博美と宥める如月いるか、これでは普段の逆の行動だ。

「おばちゃん、ところてんちょうだい!」大川博美が追加注文した。如月いるかの前のあんみつはかき混ぜ過ぎてグチャグチャになっていた。
その後も如月いるかの話は全く要領を得ず、大川博美はそれ以上追求するのをあきらめた。自分だって、この手の話題でいろいろ聞かれたら言葉に詰まってしまうのに、如月いるかに要求するのは酷だと思ったからだ。
「山本君って冷静な人だと思っていたけど、口より先に手が出るタイプだったのねえ」
如月いるかは恥ずかしさで顔も上げられない。
「まあ、今回の場合は口が出たわけですけどね」
「博美、それはギャグのつもり?」
「ははっ。ごめん。私まで嬉しくなっちゃったから、調子に乗っちゃった」
ようやく如月いるかの顔に笑みが戻った。
「明日から…」
「ん?」
「ちゃんと春海の顔見られるかな」
「大丈夫だよ」
「どうして?」
「いるかちゃんと山本君だから。今まで通り何も変わらないと思う」少し間を空けて続けた「もちろん、良い意味でだよ」
「そろそろ剣道の大会もあるんでしょ?」
「うん」
「頑張んなよ」
「うん」
「ソフト部の事も忘れないでね。山本君いないけど」
「もう!!そんなんじゃないってば!!」
「ふふふ。わかってるよ」「それじゃ、そろそろ帰りますか。おばちゃん、お会計!」

大川博美は少し遠回りをして、如月いるかの家まで一緒に歩いた。如月いるかと別れるときに、そっと耳打ちをした。
「今度は、いきなり後ろから抱きつかれちゃうかもしれないね」
如月いるかはボッと湯気を噴きそうに赤くなった。
そして、大川博美の予言は数週間後に的中した。

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