自販機

中学2年の夏休み。毎日のように鹿鳴会は学校に登校している。各々の部活動の練習や、秋の行事に向けて計画を練ったりと、毎日何かしらの用事があるからだ。優秀な4人ならばすぐに用事が片付くのだが、なぜだか毎日のように鹿鳴会本部に集合していた。そして我らが如月いるかも。

「あーーーー暑い暑い暑い暑い(100回続く)」
「だーーー!うるさい。暑い暑い言うとますます暑くなる。少しはガマンしろ」
「だって、暑いもんは暑いんだよぅ」
さすがの如月いるかも連日の暑さには参ったようだ。
「あー、ノースリーブ着て家の縁側でつめたーいジュース飲んで涼みたい。この袖が鬱陶しい」
制服の半袖を恨めしげに掴んで引っ張った。
「おまえなー、思いつくままに好き放題言うなよ。みんなガマンしてるだろう?」
「うっさいなあ。じーちゃんみたいなこと言わないでよ」
「そうだそうだ、春海じじくせーぞー」太宰進が面白がってチャチャを入れ、春海がジロリと睨んだので首をすくめた。

「確かに今日は暑いな。何か飲まないと脱水症状になりそうだ」一色一馬が言った。
「教室の外に水道があるだろう?」
「げえ、勘弁してよ。生ぬるくて飲めたもんじゃないよ。冷たいジュースが飲みたい!」
「ワガママ言うなよ。校内に自販機が無いのだから仕方がないだろう。それに冷たい物をがぶ飲みしたら腹をこわす……」
「まあまあ、お二人さん。今日は特別暑いから、特別に近くの自販機まで買いに行こうよ」
「さっすが進!話がわかるぅ」
「全員で行くと目立つから、買いに行くヤツをあみだで決めないか?」と長門兵衛。
「俺があみだ書いてやるよ。一人で5本持つのは大変だから、二人ハズレな」一馬がいそいそと要らない紙を一枚裏返した。
山本春海が憮然とその様子を見ていた。

「はーい、いってらっしゃい」
太宰進と一色一馬と長門兵衛は、いってきまーす!とニコニコ顔の如月いるかと憮然としたままの山本春海を見送った。
「大丈夫かな?あいつら二人で行かせて」兵衛が心配そうだ。
「なにが?」太宰進と一色一馬が口を揃えて聞き返した。
「あいつら犬猿の仲じゃないか。ケンカして帰ってくるかもしれないぞ」
「え?まさか、兵衛、気づいてないの?」太宰進が笑った。
「あ、やっぱり進もそう思ってたか」一色一馬が使用済みのあみだくじを丸めてゴミ箱に捨てた。
「何なんだよ、2人で何を納得してるんだよー。俺にも教えてくれよー」

教室を出る時の元気が消えて下を向いて歩く如月いるかと、真っ直ぐ前を見ている山本春海。如月いるかが申し訳なさそうに口を開いた。
「みんな暑いの我慢しているのにごめん」先ほどの自分の態度を反省したらしい。
「別に良いさ。仕事はほとんど片付いているしな」片付けたのは如月いるかを除いた4人であったが。
「さっきは怒ってたのに……」更に下を向いた。

自販機の前に着いた。「進がスプライト、兵衛がオロナミンC、一馬はダイドーコーヒーだっけ。春海は?」
「烏龍茶」
「烏龍茶?お金出してお茶買うの?お茶って水みたいじゃない?あんまり買う気がしないなあ」
「いるかがお子様なんだよ」
「なんだよー。あたし、ファンタオレンジ!」
ポケットから100円玉を5個出して1枚を自販機に入れた。烏龍茶のボタンを押す。山本春海は如月いるかの後ろ姿を見つめた。
「ケガ……」
「え?」烏龍茶を手に持って振り返った。
「治ったか?」
「だ、だいじょうぶだよぉ、あれぐらい。春海が大げさなんだよ」
山本春海が手を差し出す。如月いるかが烏龍茶を手渡し、自販機の方を向いてスプライトのボタンを押した。左手にスプライトを持ち、また100円玉を自販機に入れてボタンを押す。ゴトン、オロナミンCが取り出し口に落ちた。
「ほら」山本春海が手を差し出した。そのてのひらにスプライトを乗せた。山本春海は手を引っ込めない。如月いるかは山本春海の顔を見た。そしてオロナミンCも渡した。
続けて、ダイドーコーヒーとファンタオレンジを買った。山本春海は器用に3つの缶を左手で持ち、右手を差し出した。
「こ、これくらい持てるよ。あみだで2人決めたんだし。あたしが持つよ」
「いいから」山本春海は手を引っ込めなかった。

そのころ、鹿鳴会本部では、長門兵衛が驚いていた。
「ま、まさかぁ」
「兵衛、お前鈍すぎ」
「同感。俺が観客席で春海に襟ぐり掴まれてるの見なかったのか?俺は死ぬかと思ったぞ」
「見てたけどさ」
「あんなに取り乱した春海を見たことがあるか?」
太宰進が背もたれに寄りかかり、イスが傾いた。「俺はちょっと嬉しいんだよね」
「俺たちって幼なじみだけどさ、春海はちょっと一歩引いたところがあっただろ?」
一色一馬と長門兵衛は頷いた。
「俺たちでもあいつが泣いたり怒ったりしたところを見たことがなかった。ま、男だから簡単に泣かないだろうけどさ。なんというか……」
「うん、何となく進が言いたいことは判るよ」
「俺は、あいつが如月いるかに振り回される姿を見るのが好きなんだ」
「な・なんか、ちょっとアブナイ趣味じゃないか、進」兵衛が汗を垂らしながら苦笑した。
「趣味悪いついでに、春海が何本缶を持っているか掛けないか?」一色一馬が言った。
「5本」
「5本」
「5本」
「なんだよ、それじゃ掛けにならないじゃないか」

鹿鳴会本部では笑い声。ガチャリと扉が開いて、山本春海と如月いるかがきょとんと立っていた。

すきま物語小説目次  web拍手ボタン