ウワサ

中学3年の夏休みが終わってから最初の土曜日、大川博美はソフト部のグラウンドに来ていた。親には「部室に私物がのこっているから取りに行く」と言ったが、本当の理由は違うのかもしれない。もしも如月いるかがいなかったら、このグラウンドはソフト部のものでは無かった。

グラウンドの側の部室を片付けて表に出ると、いつか如月いるかと太宰進の仲の陰口を叩いていた生徒が大川博美を待ち伏せていた。
「この前は、無責任な事を言ってすみませんでした」
殊勝にペコリと頭を下げた。
大川博美は自分に謝られても困るんだけどと、思いつつも表情には出さなかった。
「過ぎたことだし、もう良いんじゃないかな。いるかちゃんも太宰君も気にしていないよ」
「それで、あの、考えたんですけど……」
「うん?」
「太宰先輩と山本会長がアヤシイんじゃないかって」
大川博美は思いっきりズッコケた。こいつら全然懲りてないじゃん。
「前から不思議だったんです。太宰先輩、あんなにモテるのに全然浮いたウワサが無いじゃないですか」
「いや、でもね、山本君にはいるかちゃんがいるでしょ?」
私は何で、こんなこと言ってるんだろう?
「ですから、太宰先輩の切ない片思いな訳ですよ!」
「私の友人がその手のお店で太宰先輩らしき人を見たとか見ないとか……」

ダメだ、この人たちの話を聞いていると脳みそが溶けそう、と大川博美が脱力しているのを、遠くから日向湊が見つけた。日向湊も剣道部の部室の片付けにきていたのだった。
日向湊は大川博美が因縁を付けられていると勘違いして、大川博美の元に駆けつけ、状況を飲み込んで絶句した。
絶句して……微かにニヤリと笑った。日向湊は試験勉強で疲れていたのかもしれない。大川博美の脇腹をトントンとついて、
「まあ、太宰君に浮いたウワサが無いのは事実だわね」
「ちょっと、湊……!」
「私は嘘は言ってないわ」
確かに嘘は言ってない、言ってないけど。こういう人たちに曖昧な答えをしたらどうなるか、判らない湊じゃないはず。……ってこの先の展開判って言っている?
「やっぱり!!」
名も無き生徒は喜び勇んだ。

太宰進、ホモ疑惑
のウワサが校内を席巻するまでに大して時間はかからなかった。

「春海、最近、周囲の俺を見る目が変なんだけど。憐れみの目というか好奇の目というか。何でだろう?」
「さあね」
「大川知ってる?」
「し、知りません!!でも、ごめんなさい!!」

人の噂も75日と言うけれど、太宰進ホモ疑惑に関しては、思いの外面白がる人間が多かったようで、季節が変わる頃にもウワサは消えなかった。
中学生活最後のバレンタインにはチョコレートの代わりに、女生徒から「太宰先輩がんばってくださいね!」と励まされたとか、されないとか。

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