思い出話に花が咲く

中学3年の夏休みが終わった。特に用事は無いけれど、放課後には鹿鳴会本部に集合してしまう。ほんの一月前まで彼女が座っていた椅子は主を失ってポカンと広く空いていた。
太宰進が受験生らしく参考書を開いて、目だけは字面を追っているが、心はここにあらず。進の背後で扉が開く音がして、一色一馬が教室に入ってきた。

「よう。やっぱりお前もきてたか」
「うん。毎日ここにくるのが当たり前になっていたからね。無意識に来てしまうよ」
「だよな。ところでさ、この部屋、臭いが変わったと思わないか?」
「におい?」
「いるかがいたときはさ、扉を開けると必ず食い物の臭いがしていただろう?春は団子、夏はスイカ、秋は焼き芋、冬は肉まん」
「そうだったなあ」進も同調した。
「それでさ、年がら年じゅうパン臭かったよな」
思わず進は吹き出した。ひいひい笑いながら進は言った。
「書類の間にパンくずが挟まっていて、春海がしょっちゅう怒っていたよな」
「そんで、それをかばうのが兵衛なんだよなー」
「ケンカが始まると、進はいつもニヤニヤしてたな。この根性悪が」
「人聞きが悪いなあ。一馬はいつもこーんな顔してオロオロしてただけだろう」
進はムンクの叫びのポーズをとった。

教室の外では山本春海が扉に背を向けて佇んでいた。間もなく長門兵衛もやってきた。
「どうした?入らないのか?」
「うん。入りそびれてしまった」
教室の中からはヒイヒイ笑い声。
「あいつら、何を大爆笑してんだ?」
「さあね」
「兵衛、俺、用事を思い出したから、このまま帰るよ」
「なんだよ、つれないなあ、ここまで来たんだから、顔出して行けば良いのに」
「よろしくいっといて。じゃあな」
山本春海はカバンを小脇に抱えて立ち去った。
太宰進と一色一馬がひとしきり笑い終えた頃、長門兵衛が教室に入った。
「何笑ってたんだよ。表に春海いたけど、そのまま帰っちまったよ」
「おい、俺らの会話聞こえていたのかな」
「あれだけ大声で笑ってれば聞こえるだろう」

「思い出話に浸るには、まだ早いってことかな」
太宰進は静かに笑った。

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