ラブレター

世界で初めて、下駄箱にラブレターを入れたのは、誰なのだろう。
直接渡すのは恥ずかしい。かといって、待ち伏せをしたり家を訪ねるのはもっと無理。
そういう人たちにとって、下駄箱はまるでポストのようだ。
朝夕に必ず使用者が開閉する。確実に個人に届けることができる。
入れる場所を間違えさえなければ。

平賀隆志の下駄箱の真上は、但馬館中等部で一番の人気者が使っている。
その被害を被っているのが真下の平賀隆志で、人気者の下駄箱に入れたつもりが、平賀隆志の下駄箱に突っ込まれていることがよくある。
平賀隆志は生徒たちの尊敬の対象であり、異性にキャーキャー言われるようなことはない。
本人もそれを自覚しているので、特にやっかむこともない。ただ迷惑だなと思う程度だ。間違って入ったラブレターは、もちろん中を見ることなく、上の下駄箱にそのまま入れる。
だから今日も、自分の下駄箱の中にピンク色の可愛らしい横型封筒を見たときに、迷いなく上の下駄箱のフタを開けて、その中に封筒を放り込んだ。

翌朝も、平賀隆志の下駄箱の中に封筒が入っていた。
それをまた、上の下駄箱に放り込もうとしたが、宛名に「平賀隆志様」と書いてあるのに気づいた。

驚いて封筒を裏返したが、差出人の名前はなかった。
その場で封を開け、中身を見た。
封筒には白紙の便せんが1枚入っていた。差出人の名前はなかった。
平賀隆志は便せんを裏返したり、蛍光灯に透かしてみたりしたが、細工がしてある様子もない。
周囲を見回してから、便せんを封筒に入れ、封筒を通学鞄にしまった。

翌朝も、その翌朝も、平賀隆志の下駄箱に白紙の手紙が入っていた。
「イタズラか?でも何のために?」
もしも心無い誰かが平賀隆志をからかっているならば、それこそ熱烈な恋文でも綴ればいいだろう。
宛名だけの手紙。目的もわからない手紙。

そのまた翌朝、手紙の差出人に一目会おうと、平賀隆志はいつもより早く登校した。
下駄箱を開けると、中には何も入っていなかった。
入れる前か、入れるのを止めたか。
朝のHRが始まる前まで、近くで待つことにした。
昇降口の外の校庭からは、運動部が朝練をしている音や声が聞こえる。

自らは運動部に所属しない平賀隆志は、生徒会長でありながら、校内では地味な存在だ。
各部の部長に一目置かれているのは自他共に認めるところだが、やはり自分は縁の下の力持ちのようなものだと思っている。
誰かに告白されたり、ラブレターをもらったりするようなこともなかった。

――あの手紙はラブレターなのかな?
無言の手紙に、誰かの好意がこめられていることを、密かに期待した。
どんなに世間を達観していても、年齢は中学生。好意を寄せられたら素直に嬉しい。
もし違うならば、勘違いは早く訂正したい。それには、やはり差出人に会うのが一番の近道だ。

朝のHRまで、あと10分。
そのとき、聞き覚えのある、今は絶対に聞きたくない声が聞こえた。
「おっす」
――如月いるかと、鹿鳴会!!
――いや、内山田洋とクールファイブじゃないんだから、この表現はおかしい。おチビさんも鹿鳴会の一員なんだからな。

「鹿鳴会!何しに来た!?」
「何しにって、呼びつけておいて、なんて言いぐさだ」鹿鳴会一の律儀者の長門兵衛。
平賀隆志が腑に落ちない表情をしているので、業を煮やした山本春海が「1週間前、今日の朝に試合のスケジュールを決めるって言っただろうが」と言った。
「1週間前のこと忘れんなよ。ハハハ」一色一馬。
「こっちは、わざわざ一時限目を公休して来たんだぜ」太宰進。

こっちは、その1週間の間にいろいろあったんだよ!
平賀隆志の心の叫びが鹿鳴会に届くことはなく、そのまま引きずられるようにして、生徒会室に移動した。

なんとか鹿鳴会を追っ払えたのは、1時限目も半ばを過ぎた頃。
平賀隆志は教室に戻る前に、下駄箱に行き、ドキドキしながらフタを開けた。
いつもと同じ封筒が入っていた。
中を開くと、一言だけ

さようなら

と書いてあった。


その日の放課後、平賀隆志は1通の手紙を受け取った。
渡し主は、平賀隆志の下駄箱の上を使っている例の人気者で、数日前に間違えて自分の下駄箱に入っていたという。
見覚えのある封筒、あの白紙の手紙の封筒だった。
平賀隆志宛で、差出人のクラスと名前も書いてあった。封筒を開けて手紙を開いた。

大好きです

と書いてあった。

おそらく、手紙は間違えて上の下駄箱に入れられたのではなく、平賀隆志が間違いだと思い込んで上に放り込んだのだろう。
差出人の名前に覚えはなかった。生徒会長でも、全校生徒の名前を知っているわけじゃない。
職員室で差出人のクラスの担任に、差出人の所在を尋ねた。所在、そう平賀隆志は予想していた。
担任が「転校するんだよ。今日が最後の登校だった」と答えることを。
そして、もう下校した後であることも。

言えなかった「大好き」の気持ち。
言えなかった「さようなら」の言葉。
彼女は、どんな思いで手紙に託したのだろう。
1通目の手紙には差出人も書いてあった。
それなのに、何の返答もなく、それでも何かを伝えたくて、白紙の手紙を入れ続けたのだろうか。

顔をあわせることもなく、好きだと言えないまま、さよならさえ言えないまま、去ってしまった差出人。
僕には名前を呼ぶ資格すらない。

やっと届いたラブレターは、平賀隆志にほろ苦い手紙を残した。


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