ボディーガード

鹿鳴会会長二人が主役を演じた「ウエストサイドストーリー」は、盛大な拍手喝采に包まれて幕を下ろした。
送られる卒業生はもちろんのこと、勝手に会場に紛れ込んでいた一年生や二年生の誰もが、喜び、笑い、満足げな顔をしていた。それは、職員席や来賓席の様子も同様だった。
ただ1人、苦虫を噛みつぶしたような表情の副院長を除いて。

歓送会の翌日。歓送会の一時間ほど前に発生した鹿鳴会と但馬館の不良の乱闘騒ぎに関して、職員会議が開かれた。
通例であれば、生徒間のトラブルの場合も会議に鹿鳴会を同席させるのが慣わしだが、今回は鹿鳴会がトラブルの当事者である。鹿鳴会の5人は鹿鳴会本部で会議の結果を待つこととなった。
乱闘騒ぎの原因を作ってしまった如月いるかは、申し訳なさそうな表情で席に座っている。
山本春海は悠然とした態度で、赤川次郎の『セーラー服と機関銃』を読んでいた。
太宰進、一色一馬、長門兵衛はトランプでババ抜きをしている。
太宰進が如月いるかをババ抜きに誘ったが、如月いるかは首を横に振って断った。

一色一馬が3度目のババ抜きに勝ってガッツポーズをした頃、会議室では副院長がいきり立っていた。
「鹿鳴会はまとめて停学処分しかありません!!来賓の目の前でケンカをするなど言語道断!!」
如月院長は当事者が孫の如月いるかであるため、却って庇い立てすることが出来ずに、黙して腕組みをし目を閉じていた。
他の職員たちは顔を見合わせている。
「停学はあまりにも、せめて自宅謹慎というわけには…。」
年配の職員がおずおずと穏便な案を出したが、副院長は断固として首を縦には振らない。
松平が遠慮がちに手を挙げた。
「停学も自宅謹慎も不要だと思いますが。処分はいらんでしょう。」
「な…なにを仰るんですか!?」
副院長はずれた眼鏡を直しつつ、驚きのあまり声が一段と高くなった。
「私中連会長の目の前でケンカしたんですぞ!?処分無しでは示しがつきません!」
「私中連会長から苦情でもきましたか?」
「苦情がきてからでは遅いと言ってるんだ!松平先生は山本と如月の担任でしたな?担任としての監督不行届も問題となりますぞ。」
松平は息をついて、右耳の耳たぶを弄びながら言葉を続けた。
「副院長は先ほどからケンカケンカと仰るが、こういう言葉は御存知ですか?」
「なんでしょう?」
「正当防衛。」
「せーとーぼーえーだぁ!?」
「聞くところによると、如月いるかは但馬館の不良に監禁されていたそうではありませんか。山本たちが彼女を助けにいかなかったら、今ごろ…、」
そこで一旦言葉をきり、如月院長を見た。
「ドラム缶に詰められて鹿々川に浮かんでいたかもしれませんぞ。」
如月院長は真っ青な顔でブルブルと身震いした。
「これはちょっと酷すぎる想像ですが。」
松平は如月院長に軽く頭を下げた。そして背広の内ポケットに手を入れた。
「それから、これは昨日、但馬館の生徒会長から受け取ったものですが。」
背広の内ポケットから一通の封筒を取り出し、封筒の中から一枚紙を出して会議机の上で広げた。
それは、但馬館の書式で書かれた他校交流練習の申請書だった。期日は昨日の日付、場所は但馬館体育倉庫と書いてある。よほど慌てて書いたためか、かなり乱暴な筆跡だった。
「副院長はケンカと仰るが、相手は正式に練習と言っておりますな。」
「こ、こんなものは詭弁だ!あれは誰が見たってケンカだった!」
今までジッと無言で耐えていた如月院長がついに口を開いた。
「するとなにかね?副院長は、わしの孫がドラム缶に詰められて鹿々川に浮かべば良かったと、そう言うつもりかね?」
「い、いえ!?け、決してそんなことは…!!」
副院長は顔を青くして額から汗を流した。松平は副院長が一瞬怯んだことを見逃さずに、一気にたたみ掛けることにした。
「副院長が、なぜそんなにケンカに拘るのかは存じませんが、私にも一つだけ存じていることがありますよ。」
松平は全く表情を変えずに向かいの副院長の席まで歩き、副院長だけに聞こえるように小声で二言三言耳打ちした。
片目をつむって訝しげに耳を傾けていた副院長の顔色が、ぼおっと赤くなり、みるみるうちに青くなっていった。
「貴様…どこで、それを…!!」
「それは言えませんな。」
松平の眼鏡の奥の表情は読み取れないが、口元は微かに笑っている。
「副院長、あれは、ケンカでしたかな?」
「いや…、ケンカではなかったと…思う。」
副院長は悔しさで歯ぎしりしながら、ようやく答えた。
如月院長は二人のやり取りの様子を見て、決を採っても良い頃合いと判断した。
「それでは、今回の鹿鳴会と但馬館の乱闘騒ぎは、正当防衛かつ他校との交流練習ということで、処分無しとする。以上。」

まもなく、鹿鳴会本部で沙汰を待ちわびていた鹿鳴会の5人は、お咎め無しとなったことを知らされた。
如月いるかはホッと胸をなで下ろしたが、残りの4人は全く表情を変えなかった。まるで最初から結果を知っていたかのような態度であった。
沙汰を知らせにきた松平は、5人の前で決定事項を発表したあと、廊下に山本春海を呼び出した。
「結局、君から教えてもらった切り札を使ってしまったよ。」
山本春海は目を閉じて口元に笑みを浮かべた。山本春海にとっては予想通りの展開だったようだ。
「なかなか、あのおじさんも強情だから。」
「ありがとうございました。」
山本春海は一礼した。
「いやいや、わたしは君らの担任だからね。どちらにしろ追求されただろうから、あらかじめ反論の準備ができて助かったくらいだよ。」
再び一礼した山本春海が鹿鳴会本部に戻るのを見送り、松平もその場を後にした。

今回の件に関して言えば、いくら如月いるかが並はずれた体力を持っていたとしても、大変な危機であっただろう。ドラム缶で鹿々川は言い過ぎであったが。
山本春海と鹿鳴会はそのピンチから如月いるかを救い、山本春海は更に学校側、副院長からの追求からも彼女を守った。
「まるでボディーガードだな。」
口に出してみて、なぜだか少し照れた。
しかし、あの歓送会の芝居の様子では、如月いるかには今までとは異なる危険が迫っているようにも思える。
その危険から彼女を守ってやる人間なんて、この学校にいるのだろうか。
もしも職員会議で乱闘騒ぎが議題にならなかったならば、自分が「芝居の上での行き過ぎた演出」に関して問題提起したかったくらいだ。
孫バカの如月院長は、あの芝居をどんな気持ちで鑑賞したのだろう、それを想像すると笑いがこみ上げてくるのだった。


すきま物語小説目次