Birthday

4月2日、中学3年の始業式の一週間前、如月いるかは鹿々川のほとりで、剣道の稽古をしていた。
春休み中に自主練習で学校の施設を使うには手続きが必要で、如月いるかはその手続きが面倒で、よくこの場所で稽古している。
山本春海は電車に乗って隣町に行く前に、遠回りして鹿々川に寄った。今日はいつもにも増して、如月いるかの顔を見たくて仕方がなかった。
山本春海の予想通り、如月いるかは稽古をしていた。
「おーい。」
遠くで木刀を振る如月いるかに声を掛けた。

その声で如月いるかの動きが止まり、振り返って山本春海の姿を認めると、一瞬驚いた顔をして、すぐに笑顔になった。
「春海ー!」
笑顔で手を振る姿に吸い寄せられるように、山本春海は如月いるかのもとに駆け寄った。
「練習、まじめにやってるんだな。」
「剣道の試合も近いしね。」
如月いるかは袴の帯に挟んだタオルをとって、自分の額の汗をぬぐった。
「春海はどっかに行くの?」
「ちょっと隣町まで本を買いに行こうと思って。」
「ふーん。本なら図書館でいつも借りてるじゃん?」
「これは誕生日プレゼントだから。」
「誰の?」
「おれの。」
「え?春海が春海のプレゼントを買うの?」
「そう。」
「自分のおこづかいで?」
「まさか。親父の金だよ。誕生日の数日前に現金書留で送ってくるんだ。」
「え?え?なんかよくわかんないよ。」
「うちは昔からこうだったから、これが普通だけど。」
山本春海とその父は仲がよいとは言えないことを、3月末の転校騒動で知った如月いるかは、それ以上追求しなかった。
うちにはうちの事情があるように、春海には春海の事情がある、そう思った。
如月いるかの両親がいるかの誕生日に不在のときは、赴任先から現地の工芸品やら特産物やらを山ほど送ってきた。それは両親、主に母の偏った趣味のものばかりで、いるか好みとは言えないものも混じっていることも多い。それでも、いるかの喜ぶ顔を目に浮かべて懸命に選んだと思えば、嬉しいものだ。
それに比べると、自分の好きなものを買え、とお金をよこす父は一見味気ない。しかし難しい年頃の息子を持つ親としては、誕生祝いの選択肢の一つにもなるだろう。お金を渡しても悪用しないと信頼している証とも言える。

「誕生日っていつ?」
如月いるかは山本春海の誕生日を知らなかった。
「今日だよ。」
「えー!?なんで早く言ってくれないの!?」
如月いるかが木刀を放り出して、慌てて自分の側に置いたスポーツバックのチャックを開けた。中には着替えやら何やら入っている。
「えーっと、プレゼント、プレゼント……。」
ゴソゴソとカバンの中をあさっている。山本春海は不思議そうな顔でその様子を見ている。
「あ、これあげる!」
四角い包みを山本春海につきだした。山本春海はそれを受け取ったが、すぐに突っ返した。
「おまえ、これ、おばさんがおまえに持たせた弁当だろ。人にやったりしたら怒られるぞ。」
「だって他にないんだもん。あげるようなもの。」
「そうかな?いろいろあると思うけど?たとえば……」
一週間前のファーストキスを再現しようと顔を近づけたが、如月いるかはそれには気づかず、突然走り出した。如月いるかの背中に回すはずの山本春海の手が虚しく空を切り、足元がよろめいた。
「発見!」
如月いるかは、山本春海が立っているすぐ後ろに生えていたクローバーを摘んだ。
「誕生日、おめでとう!」
「ありがとう。」
山本春海は、如月いるかから四つ葉のクローバーを受け取った。

山本春海と如月いるかは並んで川のほとりに座った。
「春海の誕生日って春休み中だから、もったいないよね。」
「なにが?」
「学校お休みだから、友だちとかに会えなくて、おめでとうって言ってもらえないじゃん。」
「そう言われると、そうだね。」
「あたしも誕生日夏休みでさー。」
「知ってるよ。8月27日だろ。」
「なんで知ってるの!?」
「なんでって……。おれは、いるかがおれの誕生日を知らないことがショックだったよ。」
「あはははは。」
如月いるかは笑ってごまかした。山本春海も笑った。
「来年はちゃんとプレゼントあげるよ!」
「来年だけ?」
「う。再来年も。」
「その次は?」
「その次も、ずっとずっと!」
「ありがとう。」
誕生日おめでとう、そう言ってもらえる幸せが、何よりのプレゼントだよ。
そう言いたかったけれど、ちょっと照れてしまった山本春海だった。

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